私は上を見上げた。
最近、俯いて歩くことが多かったから。
久しぶりに見た空は、とても…



とても、青かった。









にせもののの下で










王都エクバターナは今日も活気があった。
大陸航路の中心地というだけあって、モノに溢れていた。

私はそんな町の外れの見世物小屋で働いていた。
日当はほんの少し。
でもそれが毎日の生きる術だった。

いつからだろうか、歩くことに億劫になったのは。
前を見ると、誰かと必ず目が合うような気がした。
いつも誰かに見られているような気がしてしかたがなかった。
だから、私は、俯いて歩くようになった。

少しでも人と交わらないように。
少しでも私の存在が人に知られぬように。









「おい、!今日の出番、少し長めにお願いできるか?」
「…何故?」
「一番人気のアリーシャが風邪引いちまって来れねぇんだと」
「…そう、分かった」
「…ったく。オマエはもう少し愛想良かったら人気でるのになぁ!」








見世物小屋の主人に軽い愚痴を飛ばされる。
いつものことだ。
何故、好きでもない奴に愛想を振りまかないといけないのか。

一番人気のアリーシャは特に「愛想笑い」を上手にやってのけた。
だから、客もアリーシャ目当てがほとんどだ。

今日はそんなアリーシャがいない。
きっと野次を飛ばされる。
だが、その分日当が上がる。
それだけが、今日のモチベーションだ。



恐る恐る、だが胸を張って舞台に上がった。
歓声が一瞬にして野次に変わった。








「アリーシャじゃねぇのかよ!?」
よりアリーシャを出せ!!」










それでも私は踊り続けた。
日当のために。
屋根の空いた窓からは、小さな、空が見えていた。









※    ※     ※








パルス軍の万騎長であるシャプールは偶然、町の外れを巡回していた。
最近、この地域の見世物小屋が流行っている、という話を聞いたのだ。
流行っているところには犯罪が横行するのが常だ。
万騎長がたまに巡回しているという噂が流れるだけでも大きな効果があった。

ふと、一つの見世物小屋の前を通ると、野次が聞こえてきた。









「アリーシャじゃねぇのかよ!?」
よりアリーシャを出せ!!」








そんな内容だった。


女も大変だな


内心そう思いながら舞台に立つを見た。
大層美しいと思った。
野次が飛ぶほど醜いのかと思っていたら大間違いだ。


何故、この男どもは彼女の魅力に気付かないのか。



そんな疑問で頭が埋め尽くされた。
ただ、思うことはあった。




何故、そんなに悲しそうに踊るのだろう




シャプールは、その答えだけが、聞きたい、と思った。










※    ※    ※





あの野次の中、無事の踊り終えたに主人が銅貨の入った袋をやった。







「今日の日当だ」
「…どうも」
「ま、アリーシャが復帰するまでやってくれよな」
「はい、仕事ですから」









袋を胸元に入れると、ストールを頭から被った。
あの野次を飛ばした男どもに、どこで会うかわからないからだ。








「…と言ったか?」
「!」
「俺は…シャプールと申す」
「…私に野次を飛ばしてた男?」
「そんなわけがあるか。その野次に疑問を持つ男だ」
「…そ」








素っ気なく返事をするだけで、その場を去ろうとするをシャプールは呼び止めた。








「…何故、俯いて歩く?」
「!」
「何故、そんなに悲しそうに踊る?」
「…」
「自信を持って踊ればいいだろう」
「…私にとってこの空は、美しすぎるから
「…」









は、スッとシャプールの目を見つめた。
綺麗なグリーンの目をしていた。









「この空の下で生きてきた貴方にはきっと分からないわ」








それだけ言って、は去った。
シャプールは、そんなの背中を見つめることしかできなかった。











2016/11/03




私は、にせものの小さな空しか、似合わないから