これは、貴方が植えた花なのでしょうか?









王宮の南側に、とても綺麗な庭がある。
そこは四季折々のパルスの花が咲き誇り、いつも花の香りが鼻をくすぐっていた。
彼と出会ったのもちょうどここだった。
16年前の春、私は彼と出会った。









「…花が好きなのか?」
「え?」
「花が好きなのか、と聞いている」
「あ、はい…」
「そうか…」









それだけ言って去っていこうとする私と同じ年くらいの少年。
その背に私は呼びかけた。









「あの!お名前…」
「俺は…○○だ
「え…」
○○だ。
○○…様…








そこでふと現実に戻った。
庭の椅子に腰かけ、風を感じていた。
遠い過去を思い出していた。
花の色、花の香りまで思い出せるのに、彼の名前だけ思い出せない。

難しい顔をしていたのか、前から心配そうな顔をしたダリューンがやってきた。









…どうした、そんな難しい顔をして」
「あぁ…ダリューン…ちょっと思い出せない名前があって…」
「誰だ?」
「それが分からないから悩んでるんじゃない」
「あぁ、それもそうだな」









苦笑いしながら私の横に腰かける彼。
ダリューンとは恋人同士であり、結婚も決まっていた。

だが、そんな気持ちさえも揺らがせるほど、
名も思い出せない彼の事が引っかかっていた。
私はふと立ち上がり、16年前と同じ場所に立った。
ダリューンも不思議そうに私の後を付いてくる。









「…ここに立ってたの…
 ここで、白いライラックの香りを嗅いでいたの。
 じゃあ向こうから同じ年くらいの男の子が来て…花の名前を教えてくれたの」









※   ※   ※









ライラック…?
「あぁ、これはライラックという」
「へぇ!とってもいい香り!」
「この花で香水を作ったりするんだ」
「そうなんですね!でも私にはまだ早いかもしれません」
「そなた、名は?」
「私はと申します。ヴァフリーズ様にお世話になってるです」
「そうか…」









※   ※   ※








…大丈夫か?少し太陽に当たりすぎ…」
「いいえ…」







私の肩を抱き寄せようとするダリューンから離れ、私は過去の記憶を呼び起こそうと必死に、
その少年の帰っていった道を辿った。








「こっちの方向に帰って行ったの。名前を聞いたのに…何故思い出せないの?」
「…もういいだろう
「え?」
「ここまでやって思い出せない名前ということは、思い出したくないということだ」
「…」
「深追いをするとお前が苦しむことになるぞ」
「…うん」
「顔が赤い。太陽に当たりすぎだ。部屋で冷たい物でも飲もう」









ダリューンに背中を押されながら、私は名残惜しい気持ちを捨てきれずに、後ろを振り返った。

あの時の彼の服まで覚えているのに…








ヒルメス








あ…

その名が頭の中を浸食していく感覚に陥った。

視界が急に歪んだ。
それが自分の涙であると気付くのにそう時間はかからなかった。
涙が頬を伝い、床に落ちる前に、私は口を出て多い、ダリューンを置いて廊下をかけた。
後ろから私の名前を呼ぶダリューンの声が聞こえた気がした。

執務室にこもり、声を出さずに泣いた。
何故、思い出せなかったのかやっとわかった。
ダリューンの言う通りだった。
思い出しても私が苦しいだけだった。


だって彼は…もうこの世にいないのだから。







迷子の







彼への気持ちに今頃気付いたってもう遅いのに。
それでも気付いてしまった。
私はこれからダリューンとどう接していけばいいのか、分からなくなった。








2016/10/02