積年の切れ













ギランの港町。
総督府にあてがわれた部屋のバルコニーから海風を受けていた。
王都奪還から早3年。
再びこの町に戻ってこれたのは、我が夫・ダリューン卿のおかげなのだろうと感謝する。
私はこの町が好きだった。
大海の恩恵を一身に受け、私たちは生かされていると実感できる場所だからだ。








コンコン








ふと、部屋のドアが鳴った。
「どうぞ」と声をかけると、ドアを鳴らした者が部屋に入ってくる。










「あら、ダリューン。早かったのね」
「陛下から暇をもらってな」
「えぇ?珍しい…」
「お前と二人で過ごせ、と…」
「ふふ!陛下は乙女心が分かってらっしゃるのね」
「む…それは俺が分かってないかのような…」
「えぇ、分かってません
な!?








私はダリューンからプイッと目を逸らし、出かける準備を始めた。








「ちょうどバザールが開かれてるらしいの。そこに行きましょう?」
「あぁ…それはいいが…大丈夫なのか?」
「何が?」
「身体だ。お腹の子が…」
「やっぱり、貴方は何もわかってないわ」
「だ、だから何が…」








私はダリューンの腕に自分の腕を絡ませた。
服の上からも分かるお腹の膨らみに、ダリューンの心配そうな目線が刺さる。
私は歩きながらダリューン言った。








「…この子が生まれたら、二人で出かけるなんて滅多に出来なくなるでしょう?」
「…」
「今のうちに貴方と二人で色々見たいの」
「そうか…」
「このギランに来たいと言ったのもその理由。
 陛下は全てわかってて私の同行を許可したのよ。だから、何もわかってないのは貴方だけ」








普段は口を一文字に結び、軍を指揮する大将軍格(エル・エーラーン)も、
妻・の前では頭が上がらないのだった。
バザールを見学していると、がふと立ち止まり、何かを手に取った。









「なんだ、それは…」
「日記帳…かしら?きれいな表紙」
「奥さん、お目が高いね。それはアラベスク柄の日記帳さ。全部手作りだよ」
「…店主、いくらだ?」
「20ミスカール」
「貰おう」
ダリューン!別に私…」
「俺が買いたいと思ったから買うんだ」
「…ありがとう」









私は手にした日記帳をギュッと握りしめた。
ゆっくり散歩をしているうちに浜辺に付いた。
暑い日差しももうそろそろ、地平線へ沈もうとしていた。









「今日から書くわね、日記」
「何を書くんだ?」
「えーとね、ダリューンが乙女心をわかってなかったって話」
「おい…」
「ふふ!冗談よ。でも貴方とのことを書くわ」
「…例えば?」
「貴方と何を食べたか、何を話したか…あとは生まれてくるこの子の事」
…」
「海を見てるとね。ちょっと悲しくなるの。
 エクバターナが陥落したこともついこの間のことみたいに思えてくる。
 私たちは短い時間しか生きられないけど、この海はずーっと私たちを見ているのよ」








そういうとダリューンは私の肩をギュッと抱き寄せてくれた。







「私たちはこのパルスの歴史のほんの1ページだけなんだろうけど…
 この日記にはびっしり書きたいな」
「あぁ…ページがなくなれば新しいものを買えばよいからな」
「うん」
「そろそろ帰ろう…身体が冷えると大変だ」
「冷えたら温めてくれるでしょう?」
「勿論そうするが…予防するに越したことはない」
「ふふ!そうね」









帰り道、私は急に「あ」と声を出した。








「どうした?」
「急にエラムのご飯がたべたくなって」
「…本当に急だな。ここにエラムはいないぞ」
「困ったわね…エクバターナまでお預けだなんて」
「明日にでも帰るか?」
「…いいえ、貴方と一緒に帰るわ。それからエラムにごはんを作ってもらいましょう」









ふっと微笑むダリューンの顔にホッとしながら、私は自分のお腹をさすった。

私と彼が生きた時代は、長い歴史のほんの数ページなんでしょうね。
でも、そんな数ページの人生でも、貴方とならきっと、充実した日々になると思うの。










2016/10/02