吐く息も白くなった頃、私は一人で大通りを歩いていた。
    フランスの首都パリ。
    そこはこの季節になると毎年違ったイルミネーションで飾られる。
    今年は何をテーマにしたのだろうか。
    大きさの違う光る輪がいくつも飾られている。
    遠くから見れば綺麗なのだろうけど…







    「テーマは…宇宙人襲来…かしら」








    そう思ってしまうくらいおかしかった。

    もうすぐクリスマス。
    シャンゼリゼ通りのコンコルド広場付近ではクリスマス・マーケットも開かれている。
    私は地下鉄の駅から通りに出て、歩き出した。

    周りには観光客やらカップルやらで騒がしい。
    それでも私の周りだけは何故かとても静かだった。

    ただ一人。

    私は黙々と通りをコンコルド広場へと向かって歩いていた。
    目的地が広場というわけではない。
    ただ、歩いていた。
    通りに面するブティックを見るわけでも、レストランに入るわけでもない。
    一人だからこそ、出来ることをしていた。


    本当は一緒に来るはずだった男の事は今は忘れている。
    歩きながら忘れる努力をしている、と言ったほうが正しいだろうか。
    ちょうど一週間前に別れ話をしたばかりだった。
    世間的には、私はフラれたのだろう。



    ごめん



    その一言だけだったと、記憶している。
    何故彼がその時ごめん、と言ったのか、
    今までの関係は良好だったに何故急にこんなことになったのか、
    まったく私には理解できなかった。
    今でも理解できていない。
    だからこそ、今、この雑多な大通りを一人で歩いているのだ。



    気付けば既にクリスマス・マーケットの入り口まで来ていた。
    約一キロの距離。
    いつの間に歩いたのか、どれくらいの時間で歩き切ったのか、
    まったく分からなかった。
    そして私は一人、クリスマス・マーケットの中を歩いた。
    店を見るわけでも、買い物をするわけでもなく、ただ、歩いていた。

    そこでふと、目に留まったものがあった。







    キャンドル…?








    色々な形をしたキャンドルが売っている店だった。
    定番の者もあれば、サンタの形をしたものまで。
    クリスマスと言えば、キャンドルを灯してディナーを囲む家庭が多い。









    「そこの綺麗なお姉さん」
    「…」
    「ねぇ、君だよ」
    「…私?」
    「これなんかどうだい?ここだけのサンタのキャンドルだよ」
    「私は結構で…「それ、ください








    私の声に被さるように聞き覚えのある男の声がした。
    隣を見ると、やはり見覚えのある背格好で、見覚えのある髪型。
    そしてよく知ったコートを着た男性が立っていた。









    「お兄さん、今俺はこのお姉さんとだな…」
    「こいつは俺の連れですから」
    「え、そうなの?てっきりお姉さん一人かと…」
    「そのサンタのキャンドルと、そっちのアロマキャンドル…あとこれもください…」









    男性はキャンドル代金を払うと、私のほうを向いて手を差し出した。








    「さ、行こう。
    「…え…あ…」
    「ほら、置いていくぞ」








    彼は強引に私の手を握るとそのまま私を引っ張った。
    後ろから見る彼のコート。
    それは今年のバレンタインデーに彼にプレゼントしたものだった。
    あの時は本当に幸せだったな、と思い返しているうちに彼が立ち止まった。
    いつの間にか彼の車まで歩いていたらしい。
    クリスマス・マーケットの喧騒からは離れていた。









    ごめん
    ッ!
    「俺…」
    「やめて…」
    「え?」
    「もう、ごめんって言わないで…








    私は涙声で、それでもそれが気付かれないように口を覆いながら答えた。
    あの一週間前の感情を二度と、味わいたくなかったから。

    心に黒い何かがドスンと音を立てて落ちるような感覚。
    次はもう、耐えられないから…








    「もう、言わないで…私の前から消えて頂戴…」
    …何を…」
    「やだ…もう、嫌だ…」









    こんなクリスマス、嫌だ。
    毎年思い出しちゃうから…


    そう声に出そうとしたが、出なかった。
    その理由が、彼に唇を塞がれているからで。
    頬に流れる涙は彼が優しく拭ってくれていた。








    「ディ…」
    。お前は勘違いしてるんだ」
    「…え?」
    「俺は、今日、パリに一緒に行けそうにない。だから謝ったんだ」
    …へ?
    「それなのにお前は…急に音信不通になるわ、家行ってもいないわ…
     イタリア中探し回ったんだぞ」
    「だ、だって…ディーノ…ごめんって言ってすぐ電話切った…」
    「あれは緊急回線が入って優先回路に切り替わったんだ。まったくお前は…」








    そう話す間も私の涙が止まることはなく、ずっとディーノは拭ってくれていた。








    「今日も探すの大変だったんだからな」
    「…っく…」
    「でもま、見つかった良かった…だからもう泣くな」
    「うぅ…だって…ディ…ノ…急に…バカ…!」
    「泣くなって…今から飯予約してるのに、そんな顔で行くのか?」
    「うっ…バカぁ!!!
    「い、いた!!ちょ、おい…」









    私はディーノに抱きついた。
    ギュッと抱きしめてくれるのは夢じゃない。







    「もう…二度とあんな思い…したくない…」
    「どんな思い?」
    「…言わない」
    「なんで?」
    絶対言わない!!








    そういって私は彼の唇に短くキスをした。








    ?」
    「次聞いたらもう絶対キスしない」
    「は?なんでそうなるんだよ」
    バカディーノ!!











    クリスマスキャロル







    「なぁ、なんでキャンドルだったんだ?」
    「うーん…内緒」
    「なんだよ、それ」






    2016/12/22