いつの間にか私は「そこ」にいた。
どうやって「そこ」に来て。いつ「そこ」に腰掛けたのか、分からない。
ただ、私は、「そこ」で座っていた。







目の前には小川が流れ、赤や紫、ピンクや水色といった色とりどりの花が咲き乱れていた。
小川のせせらぎと、鳥のさえずりが調和し、幻想の中を彷徨っているようだった。









「…」








声がでなかった。
出そうという意思があるのに、出せなかった。
でも、ふと思った。


本当は出ているのかもしれない



ただ、小川や鳥の出す音に私の音が負けているのかもしれない、と。









…!!そこで何してる!?」








後ろから声が聞こえた。
私はゆっくり振り返った。
そこには私の知っている人が立っていた。
名前はディーノと言った。









「…!早くこっちに来い!」








彼は叫んだ。
でも何と叫んでいるのか分からない。
だが、彼は私を必死で呼び止めているような気がした。
私は立ち上がり、彼の手を取ろうと足を進めた。

その瞬間、



















小川の向こう側から声がした。
私の名前を呼ぶ声だった。

でも、姿は見えなかった。

それでもその声は優しく私の語りかけた。










…おいで。
 小川を渡って、おいで…」









私は、その私を呼ぶ声に惹かれて、一歩、また一歩と小川に近づいて行った。
後ろからディーノの声が聞こえる。
でもそれに、私の名を呼ぶ声は、聞こえなかった。


その声だけ、聞こえなかった…








ポチャン









小川に足を差し出した。
その瞬間、全てが冷えた。

とても冷たい、魂まで冷えるような温度だった。









!!!










後ろからディーノが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
その声にようやく私の身体は反応した。
私は小川から足を上げ、ディーノの元へ、陽の差す元へと走った。









ジヴェルニー










目が覚めると、ベッドの上に寝ていた。









…!?」
「ディーノ…?」
「よかったぁ…」
「へ?」
「お前、子供を助けようとして銃撃戦の中に突っ込んで行って流れ弾に当たったんだよ」
「…」
「…覚えてないのか?」
「…夢を…見てたの」
「夢…?」
「綺麗な、場所だった…」









私はゆっくり、しかし確実に、その場所の説明をした。









「ディーノが私を呼び止める声だけ、聞こえなかった…
 でも、小川に足を入れた瞬間、全てが冷えて…聞こえたの」









全てを話し終えた瞬間、ディーノにギュッと抱きしめられた。
長い間、抱きしめられていて、ふと、耳元でささやかれた。









「何度でも名前を呼んでやるから…向こうには行くな」







向こう側は、あの世だったのだろうか…












それは美しくも、恐ろしい世界…







2015/02/22