あの日も、こんな星の多い夜だった。
冬の夜は空気も澄んで星がとても綺麗に見える。
俺は仕事用デスクの上の名簿に目を通していた。

キャバッローネ主催のクリスマス・パーティ。
年に一回の盛大な行事だ。
このパーティにはマフィア界の重鎮やら政界の重鎮やらがたくさん招待されている。
数枚に渡る名簿をパラパラめくっていると、ふと目に留まる名前が見えた。













名前だけは聞いたことがある。
だが顔は知らない。
きっと、誰も本当の顔なんて知らないだろう。
彼女は世界をまたにかけるモデルだ。
有名な雑誌の表紙を飾り、ファッションショーのトリを飾る存在。


表向きは。


このマフィア界では違った。
世界最「」のスパイ。
彼女の変装術は仕組みがわからないし、きっと誰にも真似できない。
最近潰れたファミリーや倒産寸前のファミリーには必ず彼女が絡んでいるという噂もある。
本当の顔はわからない。

髪色も

目の色も

スタイルも

声も

全てを変えることができるスパイ「らしい」。
この情報でさえも、定かではなかった。
ただ、毎回少しだけ違う香りだけが、残っているらしい。
だからか、彼女の異名は…




レディ・パルファム















「このパーティにはきっと、表の顔で来るんだろうな」







そしてパーティ当日。
城には厳重な警備と共に、金属探知機のゲートまで設置した会場が設けられた。
マフィア界以外にも政界の有名人も来るからだ。






「やぁやぁ、ディーノくん。久しぶりだね」
「お久しぶりです。楽しんでいってください」







適当に挨拶を交わしていると、ふわっと甘い香りが鼻に付いた。
振り向くと、背中の開いたドレスを着た女性がいた。







はじめまして。ボス

「私、です」
「あ、ぁ…」
「ふふ!固まってるけど…これ、どうぞ」







彼女はウェイターから受け取った二つのグラスのうち、一つを差し出してきた。
無意識のうちにチンとガラスを鳴らし、飲んでいた。







「ボスさん、ちょっとお話しない?」
「へ?」
「貴方のこと、知りたいの」
「…あとで部屋に」
「ありがと、ボス」







頬にキスをするフリをしてその場を去った彼女。
触れてもないのに熱い頬は、普段の俺じゃないみたいだった。

俺の目の前で他の男と楽しそうに話す彼女を見て、
何故か腹が立った。
自分の女でもないのに、
ましてや…


全く知らない女なのに。








その夜、彼女は約束通り部屋に着た。
入ってきた瞬間、俺に抱きついてきた。







「ねぇ、ボス…私…」
「…」







キスをしようと顔を上げる彼女。
整った顔と甘い香りに目が眩む。
唇が触れ合うまで数センチ…
その前に、俺は彼女から離れた。







「…」
「その香り、俺は苦手みたいだ」
「…そう?とっても好きそうだけど」
「お前は…そうやって何人もの男を落としてきたのか?」
「…」
「その香りで、俺さえも落とそうとしたのか」







「はぁ〜」と溜息を付いた彼女はベッドに腰を下ろし、髪を上げていたコームを取った。
長い髪を下ろした彼女は何故か、とても親しみやすさを感じた。







「そう。この香りね、一人ずつ、ちょっとずつ調合を変えるの。
 じゃあね、コロッと落ちるのよ、男って。
 面白いくらいに。」
「…」
「あーぁ。今回も落とせると思ったのに
…レディ・パルファムか
「んー?それ、私のあだ名?そうかもねー」
「ほんとのお前はどれなんだ?」
「…」
「あの雑誌の表紙を飾る
 世界最恐のスパイ、レディ・パルファムか
 それとも…今の姿か








少しの沈黙のあと、彼女はベッドから勢いよく立ち上がった。







「あーぁ!失敗!
 しかもムードもぶち壊しだし!帰るわ。へなちょこディーノちゃん
なっ!?
「また会うときはちょっと調合変えてくるわね」
「あ、おいっ!!!












レディ・パルファム


                                          の報復









ピンポーンピンポーンピンポーンッ






何度も鳴るチャイムに城の家政婦もあたふたしていた。
バンッと玄関を開けると、サッと香る甘い香り。
誰も声をかけることもできないほどの美しさ。
女性はそのまま奥にある城の主の書斎まで歩いて行った。







バンッ








「なんだロマーリオ…開ける前にノックを…って…えぇ!?
たのもーう!!
「は!?!?
「いやー、あのまま帰るとさ、私の無敗記録が途絶えちゃうわけ。分かる?」
「え、あ…」
「だからあんたを落とすまでここに住みまーす!」
…はぁ!?
「改めまして、です。よろしく」








ウインクをするを見て、俺は開いた口が塞がらなかった。







「はぁー。喉渇いた。誰か、お水くれない?」
「お、おい…」
「ん?なに?」
「それが本当のお前か?」
えぇ
即答かよ!
「だって着飾った私で落なかったのに、あれ以上着飾ってどうすんのよ」
「あ、そうか」
「ほんと、バカね!まぁ見てて。一週間以内に…ん!?








いつの間にか俺は彼女の唇を塞いでいた。
既に俺は、レディ・パルファムの虜になっていた。

そして、そのとき彼女がニヤッと笑ったことに気付かなかった。








2013/12/19