この気持ち…
なんていうんだっけ…
あぁ…
マンネリ化だ
私は、ソファにボフッとダイブした。
ジタバタと足を動かしても、何か変わるはずもなく、
ただ埃が舞っただけだった。
私はスマホの画面にタッチした。
会話アプリの通知画面が出ていた。
毎日の動作に飽き飽きしていた。
いつも同じ人から連絡が来て、たまにご飯に行ったりして。
たまに旅行に行って。
一緒に寝て。
すっぴんなんて普通に見せるし、下着姿も別に恥ずかしくない。
ディーノと付き合って4年。
私はディーノの知らないところなんてきっとないし、
ディーノもきっと私のしらないところなんてない。
これをマンネリ化って言わずになんて言うの?
「もう…飽きたんだよねー」
こんなこと、彼に言ったらどうなるかな?
怒るかな?
悲しむかな?
もしかして、泣くかな?
いやいや、泣いた瞬間幻滅するわ。
はぁ〜っと大きな溜息が部屋に響いた。
仕事柄、毎日会えるわけではない。
ディーノはイタリアの屋敷にいることが多いけど、
私は仕事が入ったら地球の裏側にだって飛んでいく。
二人共、いつ死ぬか分からない世界の住人。
それだったらもっと恋を楽しめばいいのに、って?
そんな初々しいチャンス、もうきっと無いわ。
〜♪
そんなことを思いながらスマホのゲームをしていると、
イキナリ着信画面に切り替わった。
もう、いいところだったのに!
と思いながら、着信に出る。
「…なに?」
『おぉ、久々なのに怖い声だな』
「ゲームいいところだったのよ。ばかディーノ」
『愛しの彼に悪態かよ』
「…要件は?」
『はッ!姫はご機嫌斜めってわけか。今から出られるか?』
「…はぁ?今何時か分かってる?夜中の2時よ」
『わぁーってるよ。門前にいるから』
「!」
ソファから勢いよく起き上がり、窓の外を見た。
玄関の前に見覚えのある赤のフェラーリが止まっている。
そしてジャケットを着た長身の男がもたれ掛かっていた。
11月の真夜中だというのに随分と薄着だった。
「外寒いのに、なんでそんな薄着なの!?」
『あれ?見てんのかよ。じゃー、早く来てくれ。風邪引く』
「車の中で待ってて!すぐ行く!」
『いや、外で待ってるよ』
「〜ッもう!」
私は急いでパジャマから服に着替えた。
寒いからとブーツを履き、コートを羽織る。
玄関脇のクローゼットの中に、ふとマフラーを見つけ、急いで手にとった。
紙袋の中にそのマフラーを突っ込み、外に出た。
玄関の鍵を閉め、一瞬息を付いた。
それが白くなって、消えた。
息を整え、ディーノの前に立つ。
「お!早いなぁ。すっぴんだからか」
「夜に化粧なんかしてないわよ、ばか!」
紙袋の中のマフラーを一瞬思い出したが、それを出すことなく、
彼の頬をペチンと軽くビンタした。
「風邪引いても看病なんかしてやんないから」
「へいへい。さ、乗れよ」
「…どこ行くの?」
「さぁ?」
「…何それ」
それでも私は素直に助手席に座った。
いつからこの助手席が私専用の席になったのか、思い出せなかった。
ディーノはエンジンをかけると、車を走らせた。
真夜中だからか、車の通りは無いに等しい。
たまに対向車線に車のライトが見えるくらいだった。
無言で運転し続ける彼の横顔を見る。
何を考えてるのか、横顔から察することはできない。
私は溜息を付き、前を向き直した。
走り始めて数十分が経った頃、車は急に停車した。
「…真っ暗だけど」
「なぁ、」
「ん?…わ!」
話しかけられたのでディーノの方を向くと、彼の顔まであと数センチだった。
私はびっくりして、身を引こうとしたが、背もたれがあって、これ以上は離れることができなかった。
「な、なによ…顔、近いんだけど」
「…昔はさ、顔真っ赤にしてうつむいてたよな」
「…は?」
彼ははぁ〜っと溜息を付くと、私から離れて運転席の背もたれの身を委ねた。
「付き合い始めて始めてのデートもこの時期だったよな。
俺が仕事でさ、約束すっぽかした日だった。
寝てるの承知でお前んちに行ったんだよ、今日みたいに。
じゃあ電話にすぐ出て、怒りもせずに玄関まで出てきてよぉ、
真夜中なのにちゃんと化粧したまま待っててさ、
ジャケットだけの俺に『寒いから』って笑顔でマフラーかけてくれたんだ」
「(あ…)」
私は膝の上に置いた紙袋を見つめた。
ぐちゃぐちゃに突っ込まれたマフラーが目に入った。
「その日も、ここに連れて来た。
ここからだけ、街の灯りが一望できるんだ。
綺麗な夜景ってわけじゃないけど、お前は喜んでたよ」
「…あの、ディーノ…」
「でさ、俺がキスしようとしたらサッと避けられてさ、
理由聞いたら『恥ずかしいから』だもんな。笑っちまうよ」
「…」
「なぁ、」
「ん?」
「…もう、俺のこと好きじゃないのか?」
「!」
真剣に聞いてくるディーノを前に私は言葉が出なかった。
「…無言かよ。悪かったな、夜中に連れ出して。」
「(違うっ!声が、出ない…)」
「帰ろう」
ディーノがこんなに私のことを思ってくれていると知ったからか、
それとも、ディーノからあんな言葉が出るとは思ってなかったからか、
どちらにしろ私は驚きすぎて、不意を突かれすぎて、声が出なかった。
そうこうしているうちに、帰りはあっという間に、私の家の前に着いてしまった。
「さ、着いたぜ。」
「ディ…ノ…」
「ん?」
頑張って絞り出した声は掠れていて、消え入りそうな声だった。
それでもディーノは私の声に反応して、こっちを向いた。
そのときしたキスは、唇ではなく、頬だった。
何故か、私から唇にはできなかった。
「今からじゃ…遅いけど…えっと…これ…」
そう言って私は紙袋の中からマフラーを取り出し、ディーノに差し出した。
でもディーノはそれを受け取ることなく、溜息を付いた。
そんな彼を見て、私は体中から血の気が引くのを感じ、マフラーを持っていた手が震え出した。
それを彼に悟られないように、マフラーを紙袋の中に急いで突っ込んだ。
シワシワになったマフラーに余計、シワが増えたように感じた。
声を出そうとした瞬間、自分の唇が思っていた以上に震えているのを知った。
「ご…ごめんね!降りるね!…ありがと…!」
車から降りる私を引き止めることもしない彼。
私は振り向きもせずバタンとドアを閉めた。
車が走り出す音が聞こえたが、振り向く勇気もない。
マフラーの上に落ちた水が、涙だと気づくのに、そう長くはかからなかった。
「私、馬鹿だ…」
今思い出した。
このマフラーはあの時ディーノに貸したマフラー。
大事に取っておいたのに、こんなにシワくちゃにしてしまった。
助手席が私専用になった日もあの時。
全部今思い出した。
マンネリ化とか言ってた私が馬鹿だった。
私はディーノがいないと何もできないし、何も言えない。
ディーノがいるから毎日が楽しかったし、スマホの着信もある。
「ごめ…ん…ディーノ…」
「今更遅い」
「…ぇ?」
後ろを振り向くと、そこにはディーノの姿があった。
車は100m程先に停めてあった。
「俺もさ、お前がいないと何もできないんだよ」
「…」
「お前もだろ?お前のことは俺が一番知ってる。
俺のことはお前が一番知ってる」
「ぁ…」
「だから…っくしゅん!」
話の途中でクシャミをするディーノ。
私は、くしゃくしゃのマフラーをディーノの首に巻いた。
「…くしゃくしゃのマフラーでも許すか」
「うぅ…」
「な、なんで泣くんだよ!?」
「ばかぁぁ!!」
私は鼻水が垂れるのもお構いなしでディーノに抱きついた。
そんな私を彼はギュッと、いつも以上にきつく、抱きしめてくれた。
「ばか!あほ!へなちょこ!!」
「はいはい」
「私のこと捨てたら許さないんだからぁ!」
「はいはい。あ、それ、俺もだからな」
「分かってるわよ!ばかぁ!!」
「おぉ、威勢いいな。そろそろ寒いから中入ろうぜ」
「うん…」
「すんなり上げてくれるんだな」
「…今日だけ」
「なんだよ、それ」
チュッと軽くされたキスは頬ではなく、唇で。
その味は、涙と混ざっていたが、初めてしたキスの味だった。
Again
私が泣いちゃうなんて不本意だったけど…
これからはもうマンネリ化なんて絶対言わない!
2013/11/05