「いらっしゃいませー」
「…」







イタリア、フィレンツェの小さな花屋。
そこで私は働いていた。
小さいながらも地元の人がよく来てくれるところで、
いつもプレゼント用の花を買いに来る人がほとんどだった。

そんなある日、私はとある城に花を届ける仕事を任された。
その城は普段はあまり使われていないらしく、
オーナー曰く、所有者主催のパーティーがあるんだろう、とのことだった。









ちゃん、この赤い薔薇を1000本よろしくね」
「1000本!?凄い数ですねー」
「えぇ。この日のために頑張って仕入れてきたようなものよ。慎重に!よろしく」
「はい、オーナー!任せてください!」









荷台にたくさんの薔薇を詰め、車を走らせる。
城は小さな山の頂上付近に建てられていた。
ここからだったらきっと、フィレンツェの街並みを一望出来る。
店から車を走らせること30分。

ようやく、城の門前に着いた。







「あらー。どこにチャイムがあるのかしら…」
『誰だぁ?』
「へ?あ!fiore rossoから薔薇を届けに来たで…『入れ』









話しの途中でブチッと内線を切られてしまった。
私はムスっとしたが、顔を笑顔に戻して、門内へ車を走らせた。
少しすると、城前に綺麗な銀髪を腰まで伸ばした男性が立っていた。
「5分オーバーか」という独り言が聞こえた。
声からして、あの内線の人だろうか。









「すいません、ちょっと遅れちゃって…」
「いや、大丈夫だぁ。これで全部かぁ?」
「あ、はい。注文通り1000本、あります」
1000本!?100本と注文したはずだが!?
…え…?









突然の怒鳴り声に驚いたのか、100という数字に驚いたのか、
私は注文書を取り落としてしまった。
急いでその注文書を拾い上げ、数字を確認したが、やはり1000と記載されていた。

もしかして…オーナーの聞き間違い…?




サーっと血の気が引いていくのを感じた。
目の前には長身の目つきの悪い男性。


こんな人に怒られたらひとたまりもないよ…


そこで私は請求書の欄に書いてある1000という文字を100に書き換えた。






も!申し訳ありません!!代金は100本分でいいので!
「…はぁ。いや、いい。1000本分払う」
…は?いや、いいですから。こっちの間違いなんで!」
いいっつってんだろーがぁ!
ひぃっ!は、はい!では、12万ユーロ、お願いします!!」








代金をもらうと、薔薇を置いて急いで立ち去った。


あんな怖い人、世の中にいるんだ…






「っていうか…あんな人でもお金持ちなんだ…世の中って不思議…」









夕方、店に帰り、店長に今日の出来事を話す。
すると、「まぁ!ごめんなさい!でも、よかったわねぇ、いいお客様で!」だって。
こっちがどれだけ怖い思いしたのか、ちっともわかってないんだから、このおばさん。
それにしても、ほんとにあの人がお金持ちでよかった…










※ ※ ※ ※









数日後、私は一人で店番をしていた。
春のぽかぽかした陽気が店前を通り過ぎる。
売り物の鉢植えに水をやっていると、私の前に急に影が出来た。
ふと、顔を上げると、見覚えのある銀髪が見えた。







あ!
「なんだぁ、いきなり」
「い、いえ…」
「花を買いに来た」
「…へ?」








思っても見なかった言葉に私は一瞬、ジョウロを取り落としそうになった。








「は、花ですか?」
「ここは花屋だろうがぁ」
「そ、そうですよね!あ、どんなお花か決めてます?」
「俺は花が分からん」
「あ、そうなんですね」








営業スマイルもここまで会話が成立しないと意味をなさないような気がしてくる。
しかし私は、ジョウロを横に置き、店先のバケツに挿した花から一つずつ、丁寧に説明していった。









「これでtulipano(チューリップ)で、これがgiglio(ジィリョ・ゆり)です。
 そして、こっちがviola(ヴィオーラ・スミレ)で、これが…rosa(ローザ・薔薇)です」
「へぇ」
「…誰かにプレゼントですか?」
「あぁ、まぁ」
「女性の方だったら、ローザがお勧めですよ」
「色は?」
「そうですね…あげる理由にもよりますけど…ロッソ(赤)が無難かと」
「じゃあそれを100本。」
「へ?…あ、はい…いますぐ…」









この人にはイチイチ驚かされる。
大声を出されたり、間違いを指摘されたり、急に来たり、
急に怖くなったと思ったら、急に紳士になったり。

でもきっと…







彼女さんは幸せ者ですね
「!」
「あ!す、すいません…勝手に…」









思ってることが口から出てしまった。
普段は絶対こんなことないのに。
なんでだろう…
ちょっと羨ましいからかなぁ、その彼の彼女さんが。

数分後、私は100本の薔薇をゴールドのリボンで束ねた花束を彼に渡した。









「どうぞ。」
「あぁ…いくらだ?」
「1万ユーロです」
「…は?安くねーか?」
「この前のお詫びです。こっちが間違えたんですから」









彼は1万ユーロを支払った。
納得のいってない顔だったが。

いつものように、店の外まで客を見送る。
今日も一緒、笑顔で見送る。









「ありがとうございました」
「…スクアーロだ」
「へ?」
「俺の名前だぁ。」
「あ、スクアーロ様、またのお越しをお待ちしてます」
「お前の名前はなんだ?」
「私ですか?私はです。ただのアルバイトですよ」
「そーか」








いつまで経っても立ち去ろうとしないスクアーロさん。
私は首を傾げながらも、ずっと笑顔で対応する。








「…まだ何か?」
「いや…その、コレ。」
「へ?」








私が包んだ薔薇の花束を私に差し出す彼。








は!まさか…本数足りませんでした!?
違うっ!
へ!?じゃあ、まだなにか…」
「こ、これ…お前にやる
「…は?」








真っ赤な薔薇を、顔を真っ赤にして差し出すスクアーロさん。
この人、きっと誰かにプレゼントをするなんて初めてなんだろうなと思った。
妙にギクシャクして、恥ずかしそうで、そのくせ上から目線で。

私は営業スマイルじゃない、本当の笑顔でその薔薇の花束を受け取った。









「ありがとうございます!スクアーロさん!」
「…また来る」
「はい!」
「…」
「あ!スクアーロさん!」
「なんだぁ?」
「次、いつ来られますか?」
…明日
「ふふ!楽しみに待ってます!」
「あぁ」














チェントの ローザ













「スクアーロさん、これどうぞ」
「なんだぁ?これ」
「チョコです。エスプレッソに合うように作りましたから…」
「?」
「今からカフェでも行きませんか?」
「…乗れよ。連れてってやる」
「はい!」





※チェント…100の《伊語》







2013/10/20