あのとき、触れてしまったのがいけなかったの。
もう戻れないって、きっと心では分かっていたのに。









magnet











あれは雨の日だった。
急に降ってきて、傘なんて持ってなかった私は、着ていた黒いコートで雨を防いでいた。
ちょうど仕事の帰りで、気分が悪かった。
仕事っていうのは、「殺しの仕事」。
スパイの傍ら、たまにそんな仕事も引き受ける。
別に嫌いではないが、いい気分になる仕事でもない。

その日もそうだった。
それに追い込みをかけるような激しい雨だった。
ちょうど、潰れた店の軒先に入った。
ちょっとでも止むまで、そこでいようと思った。


そこに誰かが同じようにやってきた。
その人も同じように傘を持ってなかった。
私と同じように黒いコートで雨を防ぎながらやって来た。
コートの下から見えたのは綺麗な銀髪。
まさかと思ったけど、彼に間違いなかった。












「…スク?」
かぁ?」
「久しぶり。こんな偶然ってあるのね」
「…そうだな」












S.スクアーロ。
元カレ。
学生の頃、少しの間だけ、付き合っていた。
まぁ、付き合っていたというより、普通の友達以上だった。
彼も同じ殺し屋だ。
でも私みたいに生半可なものじゃなくて、本業が殺し屋。

彼もきっと、仕事帰り。










「…元気?」
「まぁなぁ」
「そ。私もボチボチかな」
「…」
「…」









久しぶりすぎて、会話が弾まない。
そして気まずい。
でも、雨が降っていてよかった。

血の匂いが雨で流れるから。









「…あれから出来たのかぁ?」
「何が?」
「男だよ」
「あー。2人かな。今は、知ってるでしょ?」
「跳ね馬、だろ?」
「そ。近場でしか出来ないよ、こんな仕事だったら」








私は宙に手を差し出した。
雨はさっきより、マシになっていた。








「さっきよりマシだね。じゃあ、私行くから」








歩きだそうとしたその時、スクアーロに腕を勢い良く引かれた。
バランスを崩した私は、抵抗もできずに彼の胸に倒れ込んだ。
「ごめん!」と言う言葉も、彼の口づけによって消されてしまった。
何故か、私の身体は拒まなかった。
むしろそれを受け入れ、目を閉じた。








「…時間、あるんだろぉ?」
ある、って言ったらどうする気?
「…俺は今、気分が悪いんだよ」
「私も」










気付けば身体を重ねていた。
きっとこれは、些細な過ちだ。
私の仕事上、全く知らない男ともこんな事態になることだってある。
でも今回は、前々から知ってる男だった。
ディーノも知ってる男だった。







※ ※ ※ ※







ベッドの渕に腰掛け、煙草の火を付けるスクアーロ。
それを見て、私はスクアーロに話しかけた。







「あれ?吸ってたっけ?」
「…だいぶ前から」
「そ。私が知らないだけか」








何故かちょっと悲しかった。
別に私の彼氏でもないのに、スクアーロのことを知らない私が嫌になった。
煙草を消して、キスをしてくるスクアーロ。
勿論、キスは煙草の味がした。







「気分はどーだぁ?」
「まぁまぁ」
「俺もだ」

「ねぇ、スク」
「…なんだぁ?」
「もう、離れられないね」








彼の長い銀髪をかき分け、彼の首筋に赤い痕を残した。







「これ、消えたらまた付けるから」
「…跳ね馬はいいのかよ」
「誘ったあんたが悪い」
「俺は口が軽いぞ」
「じゃあ…」









私は彼の首に手を回した。
彼も私の鎖骨の所に赤い痕を残した。
それを感じて、私は彼の顎を持つと、自分からキスをした。
深い、深いキスをした。








私を繋ぎ留められなかった…あいつが悪い
「ふんっ!悪い女だぁ」
「…ありがと」








一度、過ちに触れることを覚えてしまった磁石は、それに触れ続けることを望むの。



















2013/10/18