運命ってあるものなのね。
私はずっと、人に決められた道を歩んできたから。
そんなもの、信じてなかったのに。



東京・並盛町の普通の薬局。
ほんとに、普通。
名前も「並盛薬局」。
そこで私は薬剤師をしていた。
地元の中学・高校を出て、大学は某私立大薬学部。
そこで6年学んで、就職した。

親は医者。
だから私も医学の道に進まされた。
デキが悪かったから医者にはなれなかったけど、一応医学の道だ。

今日も町内のおじいさんとかおばあさんの毎回変わらない話を聞いて、
一ヶ月分もの大量の薬を渡す。
ほとんどはビタミン剤。
こうして日本の高齢化は進んでいくのよ。




「わーん…ママン〜!!
「はいはい、ランボちゃん、お熱のお薬もらって帰りましょうね」




最近、外国人の子供が増えたような気がする。
私の気のせいかもしれないけど。
この前だって黒いスーツにお洒落なハットをかぶった赤ちゃんが、
何故かエスプレッソを飲んでた。
赤ちゃんはエスプレッソなんか飲んじゃダメなのに。

今日、母親らしき人に連れて来られてた男の子だって、
頭のもじゃもじゃから銃みたいなのが出てきてた。
まぁ、今の日本にはモデルガンなんていっぱいあるから。
本物じゃぁないんでしょうけど。





「はぁ〜…日本も国際化が進んでるわぁ〜」





午後の一番暇な時間。
それが私の唯一の休憩時間だ。
カウンターに座りながら、マグカップの冷めたコーヒーを飲む。
勿論、美味しくはない。
雑誌を広げて、今度の休みに借りるつもりのDVDを吟味する。








カラカラーン








普段はこんな時間に患者は来ない。
でも今日は来た。

1つ目の普段と違う点。
2つめはもっと違った。

外国人だ。
身長は180cmオーバー。
綺麗な銀髪は腰くらいまであった。
整った顔をしている。
ちょっと目付きは悪い。
多分、男。

いや、きっと男。
髪が長いだけよ。






「処方箋、あります?」






あ、日本語で言っちゃった。
分かるかな?
英語の方が…いや、私英語話せないわ。
ていうか、英語圏の人じゃないかもしれないし。
彫りが深いからラテン系?
イタリア人?
でも綺麗な顔だし…フランス人?







変なこと考えてないでさっさと薬出せぇ
「は、はいぃ!」







少し大きな声で言われたからか、
私は驚いて処方箋も貰わずに奥に駆け込んだ。


なんだ、日本語ペラペラじゃん。
ていうか…私の思ってることバレてた?
超能力者!?
いやいや…そんな訳はない。

あ…処方箋…







「あ、あの…処方箋を…」
「そんなもん、ない
…は?







半分、バックヤードに隠れながら聞いた。
処方箋を持ってない?
何しにきたの、この人。






「熱っぽい…それを治す薬だぁ」
「い、いや…あのですね。それならドラッグストアに…」






でもよく見ると本当にしんどそうだった。
ちょっと顔も赤いかも。
息も荒いかも。






「ったく…クソボスめぇ…雨ん中待たせやがってぇ…」






なんか独り言も聞こえる。

私は意を決して、鍵を持った。
さすがに薬は渡せない。
だって処方箋を持ってないんだから。
だから私は薬局を閉めることにした。






「あの、ここの薬は渡せないんで、買いに行きましょう」
あ”ぁ”!?
「(ヒィッ!)に、日本では処方箋持ってないと渡せないんです…よ…だから…」







その男の人の手を引いて薬局を出た。
数件先にドラッグストアがあるのだ。

その人の手は、やはり熱かった。







「(こりゃ…熱上がるなぁ…)あの、お名前は?」
「…スクアーロ…」
「スクアーロさん、日本語お上手ですねぇ。どこ出身ですか?」
「イタリア…」
「へぇ。私、イタリア行ったことないんです。一度行ってみたいんですけどね」
「…」
「あ、ちょっと待っててくださいね」






ドラッグストアの前に彼を残し、私は急いで風邪薬を買いに行った。
市販のものでもよく効く薬はたくさんある。
その中からより良いものを選ぶもの私の仕事だ。

数分後、待っていたスクアーロさんに駆け寄った。







「ごめんなさい!遅くなって…これ、朝晩飲んでください。
 今日はおうちに帰ってすぐに飲んでいいです。あとはしっかり寝てください」
「悪い…」
「いいえ、これが仕事ですから」
「お前、名前は?」
「私はって言います」
「違う、下の名前」
「あぁ…です。」






私の顔をマジマジと見つめる彼。
私は彼の顔を見るのに随分と目線を上にしないと見れなかった。
すると、彼は私が持っていたレシートをひったくるとそこに何やらメモをした。
そしてそのレシートを私に押し付けた。






「俺が泊まってるホテルだぁ。後で、来い」
…はぁ!?な、何言ってるんですか!?」
「お前は医者だろう。患者の面倒みるのが医者だ。じゃあな」
「あ、ちょ…!え!?







医者じゃないんですけどーッ!!
と心の中で叫んたのも虚しく、スクアーロさんはそのまま行ってしまった。

これがイタリア人のナンパというものなのか。
と内心ヒヤヒヤしつつ、私は夜の7時まで薬局のカウンターに座り続けた。




店じまいすると、またレシートを見た。

このホテル、超高級じゃん。
しかもこの階って絶対スイートだよね…スクアーロさんって実は超お金持ち…?


とか思いつつ、ホテルまで来てしまった。
しかも何も食べてないだろうと思い、スーパーにまで寄って。







「これ、近所のお節介なおばさんがやることじゃん…やっぱ帰ろうかな…」







はぁ、と溜息を付きながらホテルのロビーでウロウロしていると、
ボーイが声をかけてきた。







様、でございますか?」
ひっ!は、はぁ…(なんで知ってんの!)」
「スクアーロ様のお客様ですね。こちらのエレベーターをお使い下さい」
「え、あ、はい…」
「こちらは高層階直通のエレベーターですので。」
「あ、ありがとうございます…(直通って何!!)」








ここまで来ては行くしかない…と思い、私はエレベーターに乗り込んだ。
数十秒後、あっという間に地上36階へ。
それに驚いたのも束の間、エレベーターホールからすぐに部屋が繋がっていることのほうが驚いた。


これが所謂、ペントハウス…?


あたりを見渡すと大きなテレビの前に大きなソファの影が見えた。
脱ぎ捨てられた靴。
彼はソファで寝ていた。
私は、そっと近付くと、ブランケットもかけずにそのまま横になる彼を見つけた。








わわ!布団…!布団どこ!?」
「ん”…?…?」
わ!ごめんなさい。起こしちゃって…ってかこんなとこで寝たらダメですよ!」
「寒…」
「ほら!熱、上がりますから!ベッドルームどこですか?」








無言でベッドルームに消えるスクアーロさん。
私は買ってきた物を冷蔵庫に直し、簡単なおかゆを作って持っていった。
それと、冷えピタ。

ベッドで眠るスクアーロさんの前髪をそっと上げ、冷えピタを貼る。
綺麗な寝顔に何故か顔が赤くなった。



わ…なんで赤くなるの…?
今日会ったばっかりなのに…!



気付けばスクアーロさんに手を握られていた。
無意識のうちだろうが、無理に離して起こしても悪いと思い、
しばらくの間、そのままにしておいた。
そうしているうちに私も眠たくなってきて…


そのまま、寝てしまった。






※ ※ ※ ※







「ん…」






グーっと伸びをする。
いつもの日課。
目を瞑りながら手で枕元の時計を探る。
でも今日はどれだけ探しても見つからない。






はっ!帰らなきゃ!って朝じゃーん!
ん”…朝から煩ぇ…
「…わ!す、すいませ…え、はぁ!?







いつの間にかスクアーロさんの隣で寝ていたらしい。
昨日は椅子に座ってたはずなのに。
ベッドの上で力なく座っていると、スクアーロさんがこっちを向いた。


するとやっぱり顔が赤くなる。
絶対…おかしい…私。








お、おはよーございます…
「…よくあんな姿勢で寝れるなぁ」
「へ?あぁ…椅子でですか?よく椅子で寝ちゃうんです、私…
 スクアーロさん、夜中に起きたんですか?」
「喉が渇いてなぁ。薬のおかげで治った。で、お前が寝てたからこっちに寝かした。」
「う…わざわざすいません。じゃ、私、帰りますね」







そそくさをベッドから立ち上がり、寝室を出ようとした。
すると案の定、スクアーロさんに呼び止められた。








ヴオ”ォイ、
「は、はい!」
「お前、顔赤くねぇかぁ?」
へ?そ、そうですか…!?」
「俺の風邪が移ったんなら…「違います!」」
…あ?
「違います!これは風邪じゃないです!だから薬もないんです!失礼します!」
「あ!?ちょっ!!












なし









数日後、また同じようにボーっとしながらカウンターに座っていた。









カラカラーン








ドアが開いた。
無意識にドアを見ていた私は、急に顔が真っ赤になるのに気付いた。








スクアーロさん!!?なんで…」
「この前の礼をしにきた。」
「はい?」
「お前の休みはいつだぁ?」
「に、日曜日…ですけど」
「じゃあ今度の日曜日、迎えに行く」
「…は?私の家知ってるんですかぁ!?
「調査済みだぁ」
「…へ?」
「その日に…」







スクアーロさんは私の前まで歩み寄ってくると、
軽く私の頬を弾いた。








その風邪、治してやる








全部、バレてた…
恥ずかしい…
でも、ちょっと嬉しい。

これは、きっとスクアーロさんにしか治せない風邪だから。












2013/10/15