私の声は小さく、震えていたが、きっとスクアーロには届いていた。
だって、彼の目はいつにも増して大きく見開かれていたから。
屋上物語
-後悔-
「…」
「今更謝ったって許さないんだから」
「…」
「あんたは剣帝になる。ディーノはボスになる。
私の周りはちゃんと将来がある。でも私にはない。だから私は、スパイになるって決めたの」
「…は?」
「止めたって遅いんだから。」
「おい、…意味、分かってんのかぁ?」
「勿論。リミットは18歳。
18歳までに世界一のスパイになる。その時まで私があんたのこと好きで、
あんたも私のことが好きなら…」
私はそっとスクアーロの唇にキスをした。
触れるだけのキスだったが、それでも十分だった。
「この続き、やりましょ」
「…はぁ!?ちょ、!!」
「だから遅いっつってんでしょ!」
「ヴォォォイ!!!」
「じゃあね!スク!4年後に会いましょ」
それだけ言うと、私はガナッシュの待つ車に乗り込んだ。
スクアーロが追いかけて来た時にはもう、車は走り出していた。
「姫…あれ、スクアーロのガキか?」
「うん」
「なんでこんなとこにいんだよ」
「知らない」
「あいつに怒ってたんじゃねーの?」
「そうだっけ?」
「まぁ、いいか」
「ねぇ、ガナッシュ。ジェラート食べたい」
「はぁ!?ほんと、わがままだな」
「まぁね」
「自覚してんのかよ…」
※ ※ ※ ※
その数週間後、キャバッローネ9代目ボスの訃報が耳に飛び込んできた。
キャバッローネのシマが新興マフィア・イレゴラーレに乗っ取られそうだという情報はあった。
ただ、それは嘘か誠かはまだ、には判断できなかった。
「私はコヨーテとブラバンダーと共にアドリア海に飛ぶ。ガナッシュはを…」
「私も行く」
「…お前さんは学校があるだろう」
「おじさんが亡くなったのに…学校になんか行けない」
「…そうだな…ディーノくんもさぞかし落ち込んでいるだろうし…お前さんも付いて来なさい」
「うん」
自家用ジェットを飛ばし、アドリア海へ飛ぶ。
綺麗な海が見渡せる丘で私はディーノの背中を見つめた。
数カ月ぶりに見た彼は大きくなっていた。
身長も勿論高くなっていたが、それよりも背中が大きくなったように見えた。
「久しぶり」
「あ、…久しぶり」
「おじさん、ここにいるんだ」
「うん…ここが一番景色がいいんだ」
「そっか」
私は持っていた花を手向けた。
「一人で来たのか?」
「ううん…9代目とかは先にロマーリオたちに挨拶に行ったよ」
「…悪いな、わざわざ」
「おじさんにはお世話になったし。当然だよ」
なんでおじさんが死んだかは聞かなかった。
詳細は来る途中に9代目たちが話しているのを盗み聞きして知っていた。
ディーノが逃げたから、キャバッローネ9代目は落とし前を付けるために出て行ったらしい。
そこで撃たれた。
ディーノはきっと後悔してるだろうし、おじさんが死んで一番悲しいのはきっとディーノだから。
「あんた、おっきくなったね。」
「…そうか?」
「うん。もう私は、あんたを見下ろせないもん」
「…そう言えば…お前、縮んだ?」
「バカ」
「ははっ!」
私は俯くと、ふとディーノの左腕のタトゥーに気付いた。
「あれ?タトゥーなんかしてたっけ?」
「なんかさ、俺も必死だったからあんまり覚えてないんだけど…」
そう言うとディーノは自分に起きた出来事を話し始めた。
タトゥーはキャバッローネボスの印らしい。
自分が死ぬ気で守りたいモノのために初めて戦って得たものだった。
「俺さ、ホントは嫌なんだよ。戦いとか、殺す殺されるとかそういう世界。
でも分かったんだ。
強くないと、そんな世界作れないって。
だから決めたんだ。強くなるって」
「じゃあ、もう戻って来ないの?」
「…へ?」
「学校」
「あー…転校したあとの学校、すんごい悪ばっかりでさ、一回逃げ出したんだけど…
もう一回頑張ろうかなって」
「…そっか!」
それだけ聞くと、私はスタッと立ち上がった。
海風が髪を撫でて心地よかった。
「私さ、ちょっと嫌だったんだよね。
あんたは勝手に転校しちゃうし、スクも勝手に色々決めちゃうし。」
「スクアーロ…そういえば…」
「そ。あんたと一緒の学校に転校しちゃった」
「…あんまり来てないけどな」
「いつの間にか、私、一人になっちゃった」
「あ…」
「それで分かったの。私、一人だったら何も出来ないんだって。
だからね、私、決めたの。スパイになるって」
「…はぁ!?ちょ、、意味分かってんのか!?」
「あははは!スクと同じ反応!」
「う…(あいつにも言ったのかよ…)」
「だから4年後、セント・バーレーンの屋上で会いましょ。
それまでに私、世界一のスパイになる。
あんたはファミリー全員を守れる、この街の全員を守れるボスになって」
私はそれだけ言うと、丘から立ち去ろうと歩き出した。
その瞬間、ディーノが私を呼び止めた。
「!」
「…ん?」
「お…俺にしろよ…ッ!」
「ぇ?」
「スクアーロなんかじゃなく…俺にしろよ!」
「…それ、もうちょっと早くに聞きたかったな…」
私は後ろは振り向かずに彼に手を振った。
そのとき、ディーノがどんな顔をしていたのかは分からないけど。
多分、私と同じ顔をしていたんだと思う。
こうして私たちは4年後、会う約束をした。
でもその約束は、数ヵ月後に破られることになるのを、私たちはまだ分からなかった。
2013/10/14