彼女には本当に感謝してるよ。
なんせ、オレの気持ちを振り回してくれたんだから。






イタリア・ローマ。
彼女はそこにいた。
少し路地を入ったハブのカウンター。
客は常連の年老いた男くらいしかいない。
オレはふと、その店に入った。
カランカランとベルを鳴らして入る。
そこのバーテンをしていたのが彼女だった。
こんな寂れたところで働くにはもったいないほどの美貌。
長い赤髪にグリーンの瞳、恐らく身長は高いだろう。
シャツの隙間から見える鎖骨に目がくらむ。







「いらっしゃい」






透き通るような声。
オレは、そのまま彼女の前のチェアに腰掛けた。
彼女は微笑んでオレの前に何かを出した。
香りからして、アペロールのソーダ割りだ。
イタリアではよく出てくる食前酒みたいなものだ。






「ふふ…よく飲むのね」
「え?」
「もう、なくなってるもの」
「あ”…」
「お次は?」
「あ、貴女のおすすめを…」
「うーん。じゃあ…私の好きなお酒を…」






シャカシャカと音を立ててシェーカーを振る。






「フレンチ・ウォールナッツです」
「へぇ」
「少し甘いんですけど…おいしいですよ」





彼女の顔を見てると甘いのが苦手でも飲んでしまう。

バーで初めて会ったときからオレは彼女に惹かれてたんだ。
だから、帰り際、オレの私用のメールアドレスを彼女に渡したんだと思う。
それからオレたちは頻繁に会った。
彼女はそんなに裕福ではなかったらしかったが、オレとのデートのときは
張り切ったおしゃれをしてきてくれた。
オレは、彼女にたくさんのプレゼントをした。
服を買ったり、アクセサリーを買ったり、ディナーはいつも高級なものを食べさせた。






「うわぁ、ディーノさん、ありがとうございます!!」
「喜んでくれてオレもうれしいよ」
「でも、ディーノさんって若いのにお金持ちですよね。いいなぁ」
「君になら、オレの全てをあげてもいい」
「そんな…」







何度もこうやって会ってるのに、オレは彼女の名前を知らない。
何も教えてくれない。
「そっちのほうが、興味が湧くでしょう?」
それが彼女の言い訳だった。
そんなおかしな言い訳でも何も思わなかったのは、
オレがそれほどまでに彼女に惹かれていたから。



ある日、オレは花屋に行った。
その日も彼女と会う約束をしていた。
花屋のバケツには紅のダリアが咲き誇っていた。
ダリアの花束を買ったオレはそのまま待ち合わせ場所に行った。






「はっ…何してるんだ、オレは」






待ち合わせ時間になっても来ない彼女。
この花束を買うときには既に分かっていた。
ロマーリオに調べさせていた。
彼女は本名不明の貢がせ屋。
金持ちそうな男をカモにして大金を巻き上げ消える。
男はみな、惜しみなく彼女にモノや金を差し出すそうだ。
なんせ、彼女は美しい。
みんな彼女に全てを与える。
気持ちまでも。






「バカだなぁ…オレは」






この花は君に渡せないと思ってた。
君は元々オレに惚れてなかったんだから。
でもオレはこれを買った。
かの女帝・ジョセフィーヌが愛した花。
でもすぐに捨てられた可愛そうな花。
花言葉の『移り気』のように君は去ってしまった。
それでも華麗で、華やかだった。

もう会うことはない女性。
オレは、その場に花束を置いた。
もう見ることはない彼女のために。







ダリア

   の花束を君に










ディーノさん、
もし貴方がここへ来るまでにこれが飛んで行かなかったら、
貴方は私を見つけられると思います。
私の本当の名前と居場所を書きました。
ずっと、待ってます。
私が本当に私のことを知ってほしいと思った人は貴方だけだから。
だから、これが飛んで行かないことを祈ってます。

より





2012/10/02