翌日、ジョットたちは驚きを隠せず、口をあんぐり開けていた。











La Traviata  59








「ジョット!これ、君が置いてくれたんだろう?」
「本当に助かるよ!!」

「いや…オレはそんな…」
「ジョット…もしかして…」
「…あぁ…









私は街の様子を見に屋敷を出た。
今回はこの前とは違う。
みすぼらしい格好をした。
これはアルベルトが用意してくれたものだった。








『これは昔、奥様が着てらっしゃったものです』
『お母様が?』
『お嬢様がお生まれになる以前、息苦しさを感じたらこれを着て街に出ていらっしゃいました』









サイズはぴったりだった。
アルベルトが使用人に直させたのだろう。
私はそんな服を着て、街に行った。

ジョットはすぐに見つかった。
大通りをGと神妙な顔で歩いていたから。
私は笑顔で彼に話しかけた。









ジョット!G!
「「!」」
「おはよう」
「あ、あぁ…おはよう」
「…」
「どうしたの?」
「いや、別に…」
「ジョット、正直に言おうぜ。迷惑だって
「…迷惑?」
「おい、G!」
「昨晩、家の前に食料を置いていったの、お前だろ?

「オレらが貧しい理由、わかってんのか?
 お前らのせいだよ。お前の親父がオレらから金を巻き上げてんだ!
G!いい加減にしろ!
ッ…!







顔から血の気が引いていくのを感じた。
薄々は気づいていたが、こうもストレートに言われるとは思っていなかった。
私は自分の唇を噛んだ。
悔しくて悲しくて、何より、初めて出来た『知り合い』に言われるとは思っていなかった。

ジョットに止められたGは、舌打ちをするとタバコをくわえ、そのまま近くのバーに入ってしまった。
そんなGの背中を見送ってから、ジョットは申し訳なさそうに私を見た。







「悪いな。根はいい奴なんだが」
「…」
?」
「…今まで知らなかったの」
「?」
「外の世界がこんなに自由だってこと。
 空はこんなに広いんだってこと。
 外の世界はこんなに貧しいんだってこと…
 すぐに気づいたわ。私の父がこの街をこんなことにしたって。
 でも私はどうすることもできないの…
 父を説得する力も、能力も、知恵もない…
 みんなに食料を返すことしか…」








いつの間にか溢れていた涙。
耐えようと思っていなのに、耐えることができなかった。
そんな涙をジョットは優しく拭ってくれた。








…泣くな。
 お前が悪くないことくらい、俺もGも分かってる。
 だが、と聞けばこの街のみんなが警戒してしまうのも事実だ。
 だから俺たちは…」
おーい、ジョット!!









私の背後からジョットの名を大声で呼ぶのが聞こえた。
ジョットは顔を上げ、私は後ろを振り返った。
すると、そこには赤毛の少年が笑顔で手を振っているのが見えた。









「あれ?ジョット…君の女か?」
「コザァート。違うよ、は友人だ」
「…」








私は何も言わず、ただ会釈だけをした。
コザァートと呼ばれた少年はそんな私を見て、ジョットを少し叱責した。








女を泣かす男は最低だぞ
「ち、違うわ!私が勝手に泣いただけ…」
「そうだな。コザァート、俺は最低だよ」
ジョット!
「あはは!君、っていうの?
 僕はシモン=コザァートだ。よろしく」
「よろしく、お願いします」
「君、笑ったほうが絶対いいのに」
…え?
「次、ジョットに泣かされたら僕のところへおいでよ
「おい、コザァート
「はは!冗談だよ」







それだけいうとコザァートはGのいるカフェに消えて行った。
私は涙をぬぐい、鼻をすすった。
もう、泣かないと決めた。

そしてジョットの笑顔で、先ほどの話の続きを聞いた。







「ねぇ、ジョット?さっき、何を話そうとしていたの?」
「自警団の話さ。」
「…自警団?」
「最近、この街に無法者が多くなってきて、医者や警察も俺たちを助けてくれない。
 誰も助けてくれないのなら、自分たちで街を守るしかない」
「それ…」
「ん?」
「凄くいい考えね。私も入っていいかしら。その自警団に」
「…あぁ。勿論」
「じゃあ、Gと仲直りしないと。彼、貴方の相棒なんでしょう?」
「…何でそれを…」
「見てて分かったわ。貴方のことを一番に考えてるもの」







そう言うとジョットも笑顔を見せ、私の手を取った。

その日から私の生活が変わった。
毎日屋敷から出てジョットやG、コザァートたちと街のことを考えるようになった。
病院、警察、役所などを正すにはどうすべきかを話し合った。



自警団を組織して数年、私たちの行動は軌道に乗り始めていた。
そんなある日、屋敷にある父の書斎の前を通ったとき、
中から父の怒声が聞こえた。
私はドアを少しだけ開け、中の様子をうかがった。








「何故、病院に患者が来ない!?役人はどうした!?
 今月分の税金が半分も集まっていないじゃないか!」
「すいません、旦那様。」
「(…アルベルト?)」
「…ここ数年、街でガキが変な動きをし始めたようだな。」
「…」
「捕まえて、拘束しろ」
「し、しかし…ッ」
「なんだ。何かあるのか?」
「実は…」








その時、ギィッとドアが軋んだ。
もっと内容をよく聞こうと前に乗り出したのがいけなかった。
「誰だ!?」という父の怒声が聞こえ、私は部屋の中に入った。








…?」
「お父様…悪いことをしてはいけません。」
「お前には関係ない話だ」
「街の人は困っています!お金だってないんです!
 私たちだけ裕福な暮らしなんて、いけないことです!
…お前はリディアと同じことを言うな」
「…お母様と…?」
「リディアも民衆のことを心配しておった。
 バカなことをするもんだ。
 民衆なんて金を作る道具だ。」
お父様…!
「なんだ。私に楯突くのか?
 お前も自警団を作ったガキと同じ、馬鹿者なのか?」
ジョットは馬鹿じゃないわ!!
「…ジョット?
 、まさか…お前も自警団に?」
「お父様には関係ありません」
アルベルト!を部屋に閉じ込めておけ」
旦那様!!
「明日、ジョットとかいうやつを拘束する。
 その仲間もだ!
 いいな!!
お父様!!








アルベルトに部屋まで連れて行かれた。
部屋に入り、ドアが閉められると、アルベルトに怒鳴った。








「アルベルト!!知ってたのね!?
「お嬢様…」
「お父様がこの街の頂点だったってこと!
 病院や警察も、お父様の言うことしか聞いてなかったこと!!」
「…申し訳ありません…」
「…お母様は何故死んだの?」
「…」
「うつ病じゃ、ないんでしょう?」
…自殺です
自…殺?
「はい。奥様は今のお嬢様のように民衆に食料を旦那様に内緒で配ってらっしゃいました。
 それが旦那様にバレて、屋敷に軟禁されてしまったのです。
 それが耐えられず、首を吊って…」
「…」
「奥様にはお嬢様のように仲間がいらっしゃいませんでした。
 でもお嬢様は…違う…」







アルベルトは私の手を取って部屋から連れ出した。
屋敷の裏口。
そこの鍵を開けてくれたのだ。







「お仲間に知らせてください」
「アルベルト…」
「旦那様は拘束とおっしゃっていましたが、見つけ次第殺せと命じるでしょう」
「…」
「今ならまだ間に合います」
「貴方は…」
「奥様を守れなかった時点で私に生きている価値など消えてしまっています」
そんな…ッ!
早く!








半ば押されるように屋敷から出された私。
街までの数キロを私は走った。
夜だったため、明かりは街の街灯しかない。
ジョットたちがいつも集まっているバーまで、私は走り続けた。





















2014/02/27