その日も、その次の日も、ジョットに『あのこと』を伝えることができなかった。












La Traviata  47









あの日、ジョットとGが何を知ったのか分からない。
だがその日から私に対する態度がガラリと変わった。
Gは私を避けているようで、ジョットも私に笑顔を見せるが、それは無理矢理作っているようだった。

きっとあの時計が悪いんだわ…

そう思って私はジョットに時計を返して欲しいと切り出した。









「それはダメだ」
「…何故?」
「何故って…これはお前からの…」
「だって…その時計のせいで最近避けてるでしょう?

「だったら私、その時計返してきますから。
 どこにいるか分からないけど、必ず、返してきます」
「…もういいよ。これはオレのだ」
ジョット…!










その頃から私はよく体調を崩していた。
理由は分かっているのだが、中々ジョットに言えずにいた。

ある日の夜中、私はまた気分が悪くなり、一人食堂にいた。
コップいっぱいの水を飲み干してもまだ気分が優れない。
そんな時、背後から人の気配がして、振り返ってみると、そこにはジョットが立っていた。









「ジョット…?」
「眠れないのか?」
「…そんなことないわ。ちょっと喉が渇いただけ」
「お前に話がある」
「え?」
別れよう
…え?
「すまないが、今回の件で分かったんだ」
「何が…」
「明日にでも荷物をまとめて出て行ってくれ」
「ジョット…?」








ガタっと椅子から立ち上がり、彼の服を掴んだ。
私の頬から流れる涙を、彼は拭ってはくれなかった。

いつもは拭ってくれるのに…

そう思うと、余計に涙がこぼれ落ちた。
そんな私を置いて食堂を出るジョット。
呆然として床に座り込んでしまった私は、そのまましばらくの間、動くことができなかった。

数十分後、ヨロヨロと立ち上がると、戸棚の上にあった用紙とペンを取り、手紙を書いた。
上には死炎印を押した。
これで私が書いたことが分かる。
そのまま厨房に行き、もう一杯水を飲んだ。
震える手で持ったせいか、コップは手から滑り落ち、割れた。


ズラリと並ぶ包丁。
一番近場にあったモノを選び、自らの腹を刺した。
身体から生暖かいものが流れるのを感じ、目からは涙が流れ落ちるのを感じた。
痛くて泣いているのではない。
悲しくて泣いているのだ。







ジョット…

ヌフフフ…
 の最期に立ち会えて光栄です」
「!」
「どうですか、愛するものに突き放された悲しみは」
デイモン…ッ…
「これでプリーモも愛するものを失う絶望を味わうでしょう」
「貴方が…まさか…ッ!
「後悔しても遅いですよ。貴女の命はもうすぐ尽きるのですから」










声を出そうにも力はもう残っていなかった。
血溜りを見ながら私は涙を流した。


ジョット…ごめんなさい……ごめんなさい…









※   ※   ※









ジョット様!!ジョット様!!!!様が!!!!








の遺体は翌日、使用人によって発見された。
自ら腹にナイフを刺したようだった。
テーブルの上には遺書のようなモノが置かれていた。


黄色い死炎印が押されているところから、が書いたものだろうと予測された。
ジョットは震える手でその遺書を掴むと、よろよろと自室に帰って行った。










『親愛なるジョットへ
 元々の始まりは私が貴方に声をかけたことでした。
 でも声をかける前から私は貴方を知っていたの。
 馬車からたまに見える貧困地区で、リーダーシップを取っている貴方に私は憧れていました。
 違う世界で生きていくはずだった私たちが一緒になることはきっと、
いけないことだったんだと今となっては思います。
 段々私から離れていく貴方を、私は繋ぎ止めることができませんでした。
 出来れば、ずっと繋ぎ止めていたかったのだけれど、
貴方は自由に生きる世界の人だから、できませんでした。
 私が貴方の道の障害となるのなら、身を引く覚悟はありました。
 今がそのときだと思ったのです。
 またいつか、生まれ変われるのなら、そのときも貴方に出会い、
そして貴方を愛したいと心から願います。

 







何故だ……何故…







ジョットは頭を抱えた。
どれだけの間、その状態だったのか分からないが、太陽はいつの間にか沈んでいた。
コンコンとドアのノック音でようやく顔を上げた。









「誰だ…今は一人にしてくれと…」
「オレだ…」
「G…」
「酷い顔だ」
「俺がいけなかった…を…守ってやれなかった…
「そのことなんだが…昨日、が食堂で誰かと言い争っているのを使用人が聞いてるんだ」
「…誰と…言い争っていたんだ…?」
「それが…お前だというんだよ
「…俺が…?
 まさか…ッ!!!








ジョットの顔はみるみるうちに怒りが露になっていった。
マントを翻し、地下への階段を下りていく。








バンッ








地下室のドアを勢いよく開けると、そこにはランタン一つで本を読む、
デイモン・スペードが笑みを浮かべて座っていた。









「そろそろ、来る頃だと思っていましたよ。ボンゴレ一世…」
デイモン…貴様!!に何をした!!?
「何って…何もしていませんよ
 ただ、真実を伝えただけです」
「真実…だと?」
「『ジョットは貴方のことを愛してはいない』とね」
「そんなデタラメ…が信じるわけないだろう!!」
「信じましたよ…
 泣きながら、遺書まで書いて。
 最後の最後まで貴方の名を呟いていました。」
貴様…!!!
「貴方もエレナに同じことをした、プリーモ!!
!?
「エレナは…エレナは最後まで貴方のことを信じていたのに!!!
「…この城から去れ、デイモン」
何故、何故私を殺さない、プリーモ!!?
「…お前は…仲間だからだ
ッ!!
 エレナは…エレナはお前のせいで…!!











ジョットは歯を食い縛りながら、地下室から出て行った。













そこで映像は途切れた。
闇の中を彷徨う私の頬は涙で濡れていた。








「そうよ…私は…
 この時計を復讐者から貰ったの…」







それに私は…私はなんということを…








いやぁあぁああああぁぁぁぁあああっ!!!!



















2014/02/07