「ねぇ、貴方の名前は!?」
La Traviata 17
好奇心旺盛な少女の声が後ろから飛んできた。
19世紀のイタリア・南部。
貧困層と富裕層は差が広がり続け、下町では貧しい子供達が盗みを繰り返していた。
治安は悪化し、犯罪は増えた。
ジョットはそんな状況を打破したいと日々考えていた。
「お前が自警団を作るんだ、ジョット」
「G…」
「お前なら出来る。俺が全力でサポートする」
「…」
ジョットが一人で考えながら歩いていると、綺麗な服を来た少女が前に立ちはだかった。
「ねぇ、貴方の名前は!?」
「!」
「貴方の名前よ!私、っていうの」
「…ジョットだよ」
「へぇ、ジョットって言うんだ。一緒にお話し、しない?」
「俺は忙しいんだ」
「…忙しそうに見えないけど」
「ッ!俺は…!俺たちはお前ら貴族みたいに…!」
「ぇ?」
「…もういいよ。邪魔」
ジョットはと名乗った少女に見向きもせず、通り過ぎようとした。
そんな彼の背に向かって、は叫んだ。
「あの…!私、もっと世界を見たいの!」
「!」
「貴方は私よりも世界を知ってる。酷いものかもしれない。綺麗じゃないかもしれない。
それでも、貴方たちは生き生きしてるから!!そのためなら私、家を出てもいいわ!」
「!?」
「貴族の社会なんて…生き地獄なだけよ…」
「…と言ったな」
「!」
「明日、ここに来いよ。動きやすい格好でな」
「うん!!」
ジョットとは頻繁に会うようになった。
ジョットは広く貧しい世界のことを、は狭く息苦しい世界のことを話した。
次第に二人は恋に落ちていった。
「なぁ、。俺は、自警団を作る」
「うん」
「もしかしたらお前ら貴族の敵になるかもしれない」
「…大丈夫。私はいつまでもジョットの見方だから」
「ありがとう…」
ジョットはを優しく包み込んだ。
ジョットが作った自警団は数年で巨大な組織へと変貌を遂げた。
ついには政府、警察までも手をつけられないほどに。
それでもはジョットの見方でいた。
家族からは波紋され、家系図からは名を消された。
ジョットが作ったボンゴレ・ファミリーの所有する城の中からずっと
は空を見つめていた。
「…」
「会議、終わった?」
「あぁ…寂しいか?」
「そんなこと無いわ」
「でも、寂しそうな顔をしてる」
「…貴方がいてくれれば、大丈夫。」
はジョットにもたれ掛かった。
「貴方だけはずっと…」
その夜、は寝付けなかった。
隣で眠るジョットに気付かれないようにベッドから抜け出した。
暗い廊下を歩き、応接室に向かう。
そこに、一枚の肖像画が会った。
ボンゴレ・ファミリー設立当初の仲間が描かれていた。
『ジョットはお前を愛してはいない…』
「誰!?」
『ジョットはお前の資金力を利用しただけだ』
「誰よ…!デイモン!?嫌がらせは止めてって言ったでしょ!?」
『俺はお前を愛していない、それは事実だ』
「…ジョット…?」
月明かりに照らされた人物はジョットだった。
は驚いてランタンを落としてしまった。
ガシャンとガラスの割れる音が響いた。
は震える足でジョットに近づいた。
触れた頬は暖かかった。
本人だった。
涙が流れた。
いつもなら拭ってくれるのに。拭ってくれなかった。
そのまま消え去る彼に、はその場で泣き崩れた。
何時間が経っただろうか。
ショックのあまりに身体が言うことを聞かないのか、よろよろとテーブルにもたれ掛かった。
テーブルの上にあった紙に、気持ちを綴った。
涙がこぼれ、所々滲んだ。
その手紙をテーブルに置いたまま、キッチンに向かった。
早朝のキッチンに、まだ使用人はいない。
一杯の水を飲み干し、ナイフを手にとった。
「少し…思ってたの。
最近、私に冷たかったから…。
もしかしたらって。でも、貴方は約束してくれてたから。
ずっと守るって。ずっと一緒だって…
私は貴方を愛していたのよ。貴方以外はいらないと思ってたの。
貴方は変わってしまった。
貴方はもう、私だけの貴方じゃないのね…
ファミリー全員を束ねるボス。
私が邪魔なら…私は、貴方の邪魔はしたくない。
いつまでも…ボンゴレと共に…」
彼女の亡骸はすぐに発見された。
その後のことはボンゴレの歴史書には記されていない。
だが、ジョットはボスの座を退き、遠い日本に渡ったとされている。
※ ※ ※ ※
この話を終えた9代目は溜息を付き、は眉間にシワを寄せていた。
「プリーモのお話だったんだー。プリーモも中々、ロマンチックなイタリアン男だったんだね。
それにしても相手の女の人、私と同じ名前なんだ!驚きだね!」
「そのことなんだが…」
「うん?」
「何も、思うことはないか?」
「!」
「帰ったら私の書斎に行って、机の右端の引き出しを開けてくれ」
「…」
「お前に知らせることがそこに書いてある」
「わ、分かり、ました」
少し悲しそうに言う9代目を残して、私は、病室を出た。
9代目はずっと窓の外を見てた。
本当は思うことが何点かあった。
ジョットという言葉を何度も聞くうちに胸が熱くなった。
彼の少年時代の姿を容易に想像できた。
それ以上考えると頭が痛くなった。
それでも、気になる。
私は急いで城へと戻った。
2013/11/15