そっと触れたその頬は、私の掌の中でボロボロと崩れて消えた。










    灰色










    「ねぇ、神田…」
    ユウ
    「え?」
    「ユウ、でいい」
    「…ねぇ、ユウ…綺麗ね」
    「…あぁ」








    私は蓮の花を前にユウに話しかけた。
    沼に咲く淡い花は儚く、悲しかった。


    私とユウが初めて出会ったのは、この沼の畔だった。
    私はその近くの村に住んでいて、気分転換によく来ていた。
    そんなときだった、初めてユウを見たのは。
    いつも傷だらけで、無表情で、この世を憎んだ目をしていた。
    そんな彼は私と目があった瞬間、逃げるようにその場を去った。
    それからたまに、彼を見つけるようになったが、彼はいつも逃げた。

    そんなある日、私は黒い人たちに連れ去られた。
    イノセンスの適合者とかなんとか。
    鎖に繋がれた。
    あの日のあのユウの目と同じ目をしていたと思う。
    この世を憎んだような目…
    私は悪いことなんて何もしていないの、鎖につながれて、傷だらけだった。







    「…お前…」
    「…」
    「おい…」
    「え…」
    「何でこんなところにいんだよ…」
    「君…いつも逃げてた…」
    「神田、だ」
    「カン…ダ…?」
    「あぁ…」
    「私……」
    「待ってろ」
    「え?」








    神田はその場から走り去ると、誰か大人を連れてきた。
    物腰の優しそうな男は、急いで私の鎖の鍵を取り去ると、私を抱き上げた。









    「…こんなことをしてたなんて…」
    は逃げない」
    「ユウ?」
    「逃げたら…俺が捕まえる









    そんな話が耳を通った。









    それから十年。
    私とユウはずっと一緒にいる。
    別に一緒に居よう、とかそんな言葉を交わしたことはない。
    一緒にいることが当たり前で、いないと不安で。
    そんな感情。

    そんなある日、私とユウは久しぶりにあの沼の畔に来た。








    「ねぇ、あの日のこと覚えてる?」
    「あの日?いつだ、それ」
    「ユウと私が初めて会った日。貴方、逃げて行った」
    「…あぁ…あれか。あれは…」
    「言い訳は聞かないわよ。貴方、全速力で逃げてたんだから」
    「…」








    私はそっと沼の中に足を踏み入れた。









    お、おい!







    ユウが叫んで、私の後を追って沼に入った。
    私は近くにあった蓮の花を手に取り、ユウに見せた。








    「…綺麗ね。まるで…貴方みたい…」

    「まだ、見える?」
    「!? …お前…
    「知ってる、全部…」







    ユウが見てる世界。
    全部教えてもらったから。

    まだ見えるの?蓮の花が…

    まだ見えるの?あの女(ヒト)が…





    そして私は、貴方のその世界を終わらせる人になる








    私はユウの頬にそっと触れた。
    ボロボロとユウの頬が砕けていく。
    まるで水分を無くして固まった泥のように。

    ボロボロと、そして沼に落ちて消えていく。

    さよなら、ユウ。
    さよなら、あの女(ヒト)。




    私のこと、憎まないでね。
    だって、貴方をこの灰色の世界から抜け出させてあげたんだから。






    2017/11/03