アクマの残骸の中、私は立っていた。
崩れ落ちた小屋の木片。
その下からユウが出てきた。






twilight


10 プロヴァンスの香り








「…おい」
「あ」
「ボケーッと突っ立ってんなら出るの助けろ」
「あー、ごめんごめん」








私はユウの上に圧し掛かっている大きな丸太を避けた。
ユウは口から血を流しているものの、大きな傷はなく、かすり傷程度だった。






「神田ユウともあろう者がレベル2のアクマにやられるとはね」
「…黙れ」
「何言われたの?」
「別に」







ユウはそのまま瓦礫の中にある何かを探し始めた。


***


神経を集中させているつもりだった。
最初、がいなくなってから、次に現れたに何か違和感を覚えた。
任務中のあいつは、俺に甘えたりしない。
そこはしっかりわきまえている奴だからだ。
それでもソレがかもしれないと思っていた自分もあった。
だからベッドに押し倒された。
そこからはソレが本物のじゃないと分かったが、うまく力が入らなかった。
いや、違う。

本気で「」を拒絶できなかった。

偽物だと頭で分かっていた。
恐らくアクマであろうことも分かっていた。
外見に惑わされるなんて俺らしくない。
だが、次に「」は言葉で責めてきた。
俺の一番弱いところを責めてきた。
分かってるんだ、「あの人」に執着し続けるべきでないことは。
そのことをアクマであっても「」に言われたくなかった。
俺が一番、諭されたくない内容だった。

それでアクマの「」は俺の腕に何かを刺した。
恐らく即効性の強い麻痺毒か何かだろう。
たとえ俺でも数分は動けない。

あの内容は本当にが想っていたことなのか…


***






そんなことを考えながら、ユウは瓦礫の下からアクマの持っていた水晶を探し当てた。
しかし、ユウが手に取った瞬間、水晶にヒビが入り、そのまま粉々に砕けてしまった。








「…ハズレか」
「そうみたいね」
「しかも花じゃない」
「花のように輝く水晶、って意味だったんじゃない?」
「…」








そういって私たちは歩き出した。
森を抜けると、涼しい微風が頬を撫でた。
陽は沈みかけていて、秋の肌寒い風を作り出している。
いい香りがした。
自然の、秋が訪れを感じさせる豊かな香りだった。
町に戻ると、町人たちが教会の前で立っていた。
おそらく地下聖堂から出てきたのだろう。








「神父様方…」
「もう大丈夫ですよ」
「…あの、さっき、雪が降ったんです…」
「「雪?」」
「空が泣いてるかのように雪が降ったんです。この時期に雪なんか降らないのに…
 そしたら、だんだん涼しくなっていって…三年前の気候に戻ったんです。」
「…そう…それは、魔女が泣いたのかもしれないですよ」
「魔女が?」
「えぇ…その魔女、とても悲しそうだった」







あのアクマは、まるで私のような目をしてた…

ユウの顔を見ると、興味なさげに町の神父や町人を見ていた。







「…行くぞ、
「あ、うん。」
「し、神父様方!よかった食事でも!」
「すいません、急いでるもので…また何か奇怪なことが起こったらここに連絡を…」







私は「黒の教団」と書かれた名刺を差し出した。
それを見た町の神父は目を見開いて私たちを見た。
私は会釈をしたが、ユウはすでに歩き出していた。
任務が終わった地には興味もないのだろう。







「あ、貴女方はもしや…!」
「エクソシストです。では…」
「ありがとうございました!!」
「あ…ここ、とてもいい香りがしますね」
「…は、はい!」














------駅にて。

何時間経っただろうか。
一向に汽車が来る気配がない。





「ぜんっぜん来ねぇじゃねーか!」
「うーん。やっぱり田舎はダメね。あと30分くらいで来るはずだから」







私たちは北フランス行きの汽車を待っていた。
ユウはこれからロシアの方へ長期任務に出る。
この任務が終われば私は帰るはずだった。
しかし、この任務遂行の連絡を本部に入れた際に、
そのままドイツへ向かってくれという指令が入ったのだ。

隣でユウのイライラが募っていくのを感じながら汽車を待つこと
合計4時間。
ようやく北フランス行きの汽車がやってきた。
勿論座席は一等車。
私はようやくふかふかな椅子に腰を下ろすことができた。







「やっぱ駅の椅子は木製だから固いわね。ふかふかじゃないと」
「…どこも一緒だろ」
「違うよ!全然違う!」







プクーッと膨れてみたが、ユウはそんな私に見向きもせず、
そのまま窓の外に視線を移した。
アクマを破壊してから何かおかしかった。
やっぱり、あのアクマに何か吹き込まれたに違いないと思い、
私は、ユウの横に座りなおした。








「な、なんだ…急に」
「ねぇ、私の目を見て」
「…なんだよ」
「やっぱりあのアクマに何か言われたでしょ?」
「別に」
「嘘。ユウ、おかしい。私のこと、ちゃんと見れてないもの」







ユウは私の目を真っ直ぐに見た。
どれほど見つめ合っていたか分からない。
しばらくすると、ユウはため息をつき、私の胸に寄りかかってきた。
それを私は優しく受け止める。
こんなユウ、初めて見た。







「…ユウ?」
「しばらく、こうしててくれ」
「…うん」







こんなユウを見て、私は聞くのをやめた。
たぶん、ユウも深い闇の中を手探りで歩いてるから。
私の不安はユウにしか取り除けない。
ユウの不安は私にしか取り除けない。

たぶん…

そして、私たちは日が昇るまで、お互いのぬくもりを感じていた。










2012/08/21