「あっつ…」
「結構遠いな」





約10分後、私たちは八凛を降りた。






twilight


09 恋の魔法







森の入口からどんよりとした暗さが辺りを覆っていた。
私は少し入るのが億劫になって、右横にいたユウの顔を見た。








「…ねぇ」
「行くぞ」
「あ、えー…」
「来ないならほっていくぞ」
「それのほうがイヤ!!」








私は常にユウのコートの端を握っていた。
だんだんユウが不機嫌になっていくのが分かっていたが、放すことはできなかった。









「…おい」
「ご、ごめんって…手がもう固まっちゃって…」
「違う。ここ、さっきも通ったぞ」
「え…」
「この切株、さっきも見た。」
「え…もしかして…」








次の瞬間、私の頬に冷たいものが触れた。
それが雪だと分かるまでそんなに時間はかからなかった。








「ねぇ、ユウ…」
「来るぞ」










何が起こったのか分からなかった。
気づけば私は張り付けにされていた。
体中の力が入らない。
周りは暗い。
どこかの小屋の壁に張り付けられたようだ。
かすかに開いたドアの向こうから光が見え、そして歌が聞こえてきた。








『恋〜の魔法〜教えよう〜♪
 恋する乙女に教えよう〜♪
 彼の心に潜ませる〜♪
 彼の心を独り占め〜♪
 誰にも彼を渡さない〜♪
 彼の心を独り占め〜♪』







そして、ドアがしっかり開いた。
暗いところから急に明るくなって私は顔をしかめた。







「あら〜起きた〜?」








そこで目を疑った。
そこには私そっくりの「私」がいたからだ。
その女はほんとに私だった。
外的特徴も、髪色、目の色、鼻の形、声まで全部が一緒だった。
「私」は透き通った水晶を持っていた。
中が渦巻いている。







「…」
「ビックリしてるのね。
 あなた、恋してるでしょ?さっきまで一緒にいた綺麗な男に」
「…」
「私、そんな乙女の味方なの。あなたの気持ち、彼に全部打ち明ける役目」
「!」
「この水晶があれば全部分かるの。ほんとよ?
 たとえば、彼にはずっと想っている人がいる。彼は彼女のために生きている。
 そんな彼と彼女の間に入っていけないとわかってる。
 でもあなたは彼のモノになりたい。身体だけじゃなく心も…」
「やめて!」
「彼の全部をあなたのものにしてあげる。心の全部も…
 あなたなしでは生きられないようにしてあげる」







『私』は私の正面に来た。
あと数センチで触れそうなくらい。
そこで『私』は醜いアクマの姿にコンバートした。








『エクソシスト…!絶望の中に死んでゆけ!!』








***









その頃、ユウはとても不機嫌だった。
雪が降ったと思った瞬間、後ろにいたがいなくなったのだ。
それからユウは同じ場所をまだぐるぐる回っていた。







「チッ…のやつ、どこ行きやがった」







ユウの額には青筋が何本も浮き出ていてキレる寸前まで来ていた。








「ユウ〜!!」
「! か」
「ご、ごめん…」
「どこ行ってたんだよ」
「それはこっちの台詞よ!いきなりいなくなるんだもん。雪が降り始めた瞬間」
「…ってことは…イノセンスの仕業か」
「それよりね、さっき小屋みたいなの見つけたんだけど」
「小屋?」
「うん。行ってみない?」







そういってはユウの腕に自分の腕を絡ませた。
そんなをユウは少し不信な目で見たが、の上目遣いを見て、やめた。








「ね?」
「…何か手がかりがあるかも知れねーしな」
「そうそう!」








そういってユウはと共にその小屋へと向かった。
その小屋には、ベッドと小脇にはライトスタンドと綺麗な水晶が飾られていた。









「…何もねーじゃねーか。誰か住んでる気配もねーし」
「そう?ちょっと調べてみたら?」
「あ、おい、!」








ユウが少し、小屋の中に入った瞬間、はユウをベッドに押し倒した。
ユウの手首を両方押さえ、身動きを取れなくしてしまっている。









!おま、放せ!」
「やだー。なんか変な気分なんだもん」
「はぁ!?」
「私も力、強いのよ?」
「おい。いい加減にしろよ…」
「…ここ、どうして魔女に支配されてるか分かったの」
「は?」
「魔女はね、さみしいんだよ…せっかく幸せになる術を知ってるのに誰も来てくれないから。
 だから自分から人を拒絶したんだ…自分からここに来てくれる人が来るまで」
「…どういう意味だ?」
「まるで私みたいだから…
 私もね、ずっとさみしいんだ…
 だってユウ、私といるときも『あの人』のこと考えてるんだもん。
 生きてるかも分からないような記憶の片隅の彼女のこと、ずっと考えてるんだもの。
 いつになったら私をまっすぐ見てくれるの?一生見てくれない?
 身体を重ねてもあの人のことばっかり…私が気づいてないとでも思った?
 ふふ…ユウはバカだから…人間の女のことちっともわかってない」







は目を見開くユウに顔を近づけた。
唇が触れようとする瞬間、小屋の半分が吹き飛んだ。
煙と共に姿を現した本物の私。
私の視界にはアクマに取り押さえられたユウが写った。








「…何してんの?」
「ふふ!だから、貴女の気持ちを全て彼に打ち明けてたの。
 それで、彼、力抜けちゃったみたいだから私がいただこうと思って。
 彼、美形だし、私の超好み…」







全部言い終わる前に、爆風がアクマを襲った。
次の瞬間、コンバートした醜いアクマが目の前に現れた。
いまだに力が抜けているのか、ユウはアクマの触手に捕まったままだ。







『あ、彼を責めないであげて。今、全身が麻痺して動かないはずだから』
「ユウに何吹き込んだの?」
『だから…貴女の気持ち全部…彼、人間の女の気持ち、全然分かってなさそうだったから…』








それを聞いて、私は瞬間、アクマの目の前に移動した。
八凛の能力ならそれができる。
勿論、リナリーのダークブーツより速さは劣るが、短距離なら負けてない。








「第弐の舞 死風(シニカゼ)」







風が矢に代わり、アクマを貫く。








「油断しすぎ」
『な、何故出られた…』
「お前、結構がっちり張り付けてくれちゃって。
 ちょっと肉が千切れちゃったじゃない」
『エクソ…ソスト…人間の…くせに…』
「そうね。普通の人間なら、しないことかも」







そしてアクマは破壊された。
レベル2のアクマでも、私の八凛の前でもこうもあっけなく破壊されてしまう。








「それに…教えてあげる…
 私は人間の女じゃないから…人間の女の考えることなんてわからない」










2012/08/20