明朝、私たちはパリを発った。







twilight


08 プロヴァンスの森








また汽車に揺られる時間が訪れた。
私は自分の手を見た。
傷なんて一つもない。
みんな打撲痕や、やけどの痕、切った痕なんかがある。
でも私はキレイな肌をしている。
まるで生まれて一度も転んだことないような、そんな肌だ。







「あー。暇」
「寝てろ」
「寝るのも飽きた」
「じゃあ寝てろ」
「それ、答えになってないよ」
「知るか」
「ユウ、冷たい」
「お前が逆方向のパリに行くとか言い出すからだろーが」
「う…ごめん」






それでも私の薬指にはシルバーのリングが光っていた。

この時期のプロヴァンス地方は冬が近付きつつあるため、肌寒いはずだった。
パリを発ってから数日後、私たちはプロヴァンス地方の小さな駅に降り立った。
そこでファインダーなしの単独任務を命じられたからである。
今回は私とユウだけの任務だ。








「「…あっつ…」」








分厚いコートなんか脱ぎ捨ててしまいたくなるような日差しと乾燥した空気。
肺の中の水分が一気に乾燥して、むせてしまいそうになるほどだった。








「この調査書、間違ってんじゃないの!?」








なんとか木陰を見つけ、その下に駆け込む私たち。
送られてきた調査書をもう一度見直す。

『例年、9月のプロヴァンス地方は冬が近付きつつあるため肌寒く、昼間は過ごしやすい。
 畑には色とりどりの花が咲き乱れ、香水の出荷が著しい。』

しかし、その下にコムイの字でこう記されていた。



『でも、イノセンスの仕業かはわからないけど、すんごい暑いらしいよ!!
 砂漠くらい!!そんな中、枯れない花があるらしいの!!
 それが今回の任務!!どこにあるかは不明で、ファインダーの一人が
 暑すぎて、干からびちゃったんだ。だから、神田くん、ちゃん、よろしくー!!』







「死ね、コムイ!!」







私はその調査書を炎天下の道に投げ捨てた。
すると、その紙はボッという音とともに炎となり焼け焦げた。









「げ…見た?ユウ、今の」
「見た」
「燃えたよ。勝手に…ボッて」
「…行くぞ」
「えー!?」
「さっさと済ませてこんな暑いとこから離れんだよ」








そういうが木陰でも暑かったのに、炎天下の中に出るとものの数秒で汗が噴き出してくる。
そしてすぐに乾くのだ。
砂漠特有の現象がこのフランスの北部で起こっている。
民家に着くまでの数百メートルが地獄だった。

小さな町があった。
駅から少し離れた場所だった。
作物は枯れ果て、井戸は干からびていた。
町の奥に小さな教会があった。
私たちはその教会で話を聞くことにした。








「すいません。誰かいませんか?」







私は教会の戸を開け、尋ねた、
蒸し風呂のような内部に人の姿はなかったが、少しして、地面の割れる音がした。
地下通路でもあるのだろう。
そこから一人の神父が現れた。








「あ、あああああなたがたは?」
「旅の者です。この地方が異様に暑いと聞いてやってきたんですが」
「…そそそうなんです…数年前から3月から12月の間は雨が降らなくなってしまって…」
「どうしてそうなったんですか?」
「魔女です!!魔女が棲みついて、冷気を独り占めにしとるんです!!」








私とユウはその話を聞いて、目が点になった。
この時代に魔女なんかいるはずがないのだ。
そして私の隣では、

「また魔女かよ…」

というユウの不機嫌そうな声が聞こえた。
なんでも、前回のドイツ任務でも魔女の棲む森とやらに送り込まれたらしい。
ま、ヨーロッパは昔から魔女の伝説が多くあったから仕方ないんだろうけど。







「じいさん、本気で言ってんのか?」
「ほほほ本気も本気!大真面目です!あなた方も神父様ならお分かりでしょう!?」
「神父?」
「その胸の十字架、神父様ではないのですか!?」
「まぁ、そんな感じなのかな?」
「私どもはこの灼熱の10か月を過ごすために、急いでこの教会の地下に講堂を作りました。
 雨が降らない時期は全て、地下で生活するのです。
 病人は増え、たくさん死にました。
 魔女狩りに行った若い男で帰ってくるものはいませんでした。
 どうか、私どもの町をお助けください!!」








私たちは一度地下講堂を見せてもらった。
中は地獄だった。
神父が生き延びているのが不思議なくらい、非衛生的で、湿っていた。
確実に疫病が流行るのは時間の問題だろうと予想できた。








「じいさん…ここ、出た方がいいぜ。全員死ぬぞ」
「分かっております!あと三日が限界でしょう。ですが、出てもこの暑さで死んでしまう!」
「…ユウ、行きましょう。イノセンスかも」
「あぁ…」
「神父さん、その魔女がいるのってどこ?」
「プロヴァンスの森です。前の道を真っ直ぐ行くと漆黒の闇が見えてきます。
 この町は灼熱なのに、その森にだけ雪が降るのです。暑いのに…雪が降るのです」







恐怖に震えた神父の声が耳から離れなかった。
私たちはその森に向かって歩き出した。
日傘らしきものを持っていた私は、それを差したが一瞬にして燃えてしまった。







「これじゃあ、そこに着くまでに俺らが燃えちまうぜ」
「んー…あっつい…」
「お前ので飛べんじゃねーのか」
「…あ、そっか!」
「ばっかじゃねーの!?さっさと気付けって!」
「うるさいなー!」








私は暑さでイライラしながらも自らの武器を出した。
見た目は小さな扇。仰ぐと涼しそうな風が作り出されそうだ。
しかし、それを開くと1メートルほどの大きさになった。
漆黒の骨組みに黒地のレースで文様が織られている。









「八凛(エイリン) 発動」








すると電気が走ったように、扇は光を放ち始めた。








「壱の舞 宙(ソラ)」








そして私の対アクマ武器・八凛は宙に停止した。
それは乗って移動できる。
二人くらいなら楽勝で何十キロでも移動可能だ。
だが、重くなればなるほどスピードは出なくなる。
それでも汽車よりは早いが。








「さ、早く乗ってさっさと行きましょ。暑くてかなわないわ」









2012/08/20