「ねぇねぇユウ、パリに寄って行かない?」
「…はぁ?」





汽車の一等車の個室で、私はユウに尋ねた。







twilight


07 華の都








「…断る!」
「なんでよぉ」
「方向が全然違うだろーが」
「この次の次の駅で乗り換えるだけだし。ね?」
「じゃあお前だけで行け」
「ケチ!バカ!あほ!」







ユウの額に血管が浮き出たのを見たが私は無視して車窓に目を向けた。
たぶん、ユウとこうして移動できるのも最後だと思うから。
ちょっとでも長くいたいと思ったんだけど。
世界は刻一刻と悪化していってるわけで、如何なる寄り道も許されない。

そして、パリへの乗り換え駅へと着いた。







「おい
「…」
「降りるぞ」
「…へ?」
「行かねーのかよ、パリ」
「ほんと!?」
「時間ねぇから一日だけだぞ」
「うん!」







ユウは何も言わない。
けど、行動には表れる。
すごくわかりにくいけど、いったん理解するとそれが一番心地いい。
私をよくわかってくれてる。
それが私だけのことなのかはわからないけど、ユウは優しい。
こんなこと、誰も信じてくれないだろうけどね。特にアレンは…




パリに付くと、華やかな雰囲気が周りに漂っていた。
でもこの中にもアクマは住み着いている。
もしかしたら、もう私たちに狙いを定めているかもしれない。
しかし私たちは気にもせず、そのまま市街に赴いた。







「で、どこ行くんだよ」
「どこでも」
「は?」
「私はユウといられたらそれでいいの」
「…意味わかんねぇ」
「あのね…」
「あ?」
「もうすぐ大きな戦いが始まる。みんな死ぬわ。いっぱい…
 その戦いが始まったらもう二度とこんな日常には戻れない。
 だから…今のうちに、ね?」
「…」
「そりゃ分ってるよ。私たちはこの聖戦のために生まれた…
 最後まで教団の駒となって戦い、死ぬの。
 でも少しくらい、人間らしいこと、してみたいじゃない?」







笑顔で私はユウを見た。
パリの風が私たちの間を吹き抜ける。
私たちの黒髪がサラッと揺れた。
私の話を聞いてユウは鼻で笑った。







「はっ」
「わ!なんで笑うの!?」
「教団の駒か…の言う通りだな。
 俺らは駒だ。きっと、死んでからも駒だろうな。」








するとユウが私の頭を撫でた。







「付き合ってやるよ、今回だけ」
「うん」
「女が好きなもんなんか分かんねぇけど」
「あは!こんなときだけラビは必要だよね」
「は?あいつには負けねぇ」
「ほんとぉ?」







ちょっとからかうとユウは不機嫌そうな顔をする。
それがちょっと面白くてそんなことを言いながら遊んでいると、
おしゃれなお店を見つけた。







「あ…」
「入るのか」
「いい?」
「…勝手にしろ」
「やった!」







カランカランとドアベルを鳴らして店内に入る。
中はこじんまりとして繊細なアンティークものの小物が品よく並べられていた。
アクセサリーなんかつけないし、付けてもすぐにどこかに行ってしまう、
そんな職業柄、こんなアクセサリーに興味はないんだけど。
でも一つだけ、興味の引くものがあった。
シルバーのリングだった。リング自体が蔦の模様でできていてとても手の凝ったものだった。







「すごーい…細かいね」
「…女はそんなのが好きなのか」
「私は別に…どうせすぐなくなるし。でもこれはキレイだなって思う」







すると、私の手からリングをひったくったユウはそのままレジに持って行った。







「プレゼントですか?」
「あぁ」
「彼女さんにですか?」
「…さっさと包め」
「す、すいません」







ユウを見た店員さんが顔を赤くする。
やっぱりユウは美形なんだ、と思いつつ、ちょっと嫉妬しつつ。
でもユウが買ったのは私へのプレゼントであって。
っていうか、ユウが私にプレゼント?
なんか信じられない。
数分後、店を出て、ぶっきらぼうに私に投げて寄こしたそれは、キレイにラッピングされていた。








「ありがとう」
「付けろよ」
「あはは。うん…」






ぴったり指にはまったそれは太陽に反射して光っていた。







「シルバーだからくすまないね」
「…そうだな」
「焼けても、血で汚れても…大丈夫だよね。
 あ、風はダメかな?傷いっちゃうかも…」







自嘲気味に笑うと、ユウに手を握られた。







「明日は日が昇ってすぐ発つ。行くぞ」
「そだね!お腹空いちゃったー」







私たちは目立たない路地のレストランで軽く夕食を取り、
ホテルへと向かった。

安上がりな古いホテルの一室。
それでもクラシックな趣でそこそこ過ごしやすかった。
ユウがシャワーを浴びている間、ずっと私はリングを見つめていた。







「上がったぞ」
「ん…」
「…どうした」
「ユウ、浮気者だね」
「…は?」
「『あの人』を見つけるまで、私のモノなんだよね」







ほんとはね、すごくさみしいの。
みんな守るものがあって、心がすがる場所があって。
でも私は全部破壊されちゃったから。
もうユウしかいないの。
でもそのユウも、本当は『あの人』のもの。
ユウの心はずっと『あの人』から離れられない。



ユウの最愛の『あの人』へ…
ユウが貴女を見つけるまで、
その時まででいいから、
ユウの心の端っこを私に下さい。
彼が貴女を見つけたらそれもお返ししますから
せめてその時まで…
彼を私にください。









「バカが…」







そういってユウは私を抱きしめてくれた。








「俺にはお前しかいない」
「うそ」
「嘘じゃない。『俺には』お前しかいない」
「!」
「今の俺が過去の『俺』にすがるのは、あいつらが憎いからだ。
 どこまでも真実を突き止めてやる。それで過去の『俺』を解放してやるためだ」
「…」
「これは今の俺の身体。精神を誰に捧げようが俺の勝手だ」
「…」








教団に作られた私たちは心のよりどころがない。
YUっていう実験体と、っていう実験体。
どちらも失敗作で、成功作でもある。
心を持ちすぎたYUと、心を持たなさすぎた

私はユウに抱きしめられてとめどなく泣いた。









2012/08/20