平和な初夏の風がこの文明開化後の東京に吹く季節になっていた。
    江戸幕府が終わり、西洋の文化が一気に流れてきた昨今、江戸…いや、東京の街は大きく風景を変えた。
    街頭にはガス灯が並び、男は刀を捨てた。

    これがこれからの日本なのか

    そう思うと、不安でもあり、希望でもあった。
    そして私は一軒の店の前で立ち止まった。
    植木屋…ではなった。
    勿論見知った苗も置いていたが、色とりどりの花が桶に入れられていた。








    「よぉ、お嬢様!お身体はよろしいので?」
    「…計六さん?お店、、もてたの?」
    「へぃ!旦那様が文明開化祝いちゅうこって!」
    「…なにそれ」
    「まぁまぁ。お嬢様も綺麗な袴、よう似合っとりますぜ」
    「…私はもっと…「俺はもっと派手なほうが好きやけどなぁ」









    いつの間にか私の真横に男が来ていたらしい。
    私はビクッと身体を震わせ、男を見上げた。
    なんともまぁ、江戸の…東京の街に似合わない姿をしていた。
    男のくせに長い髪を靡かせていた。
    しかも、髪の色は金色だった。








    「お前、人の顔見てよぉそんなえげつない顔できんなぁ」
    「…はっ!し、失礼いたしました…」
    「まぁえぇわ。おっちゃん、この花くれ」
    「ほいよ、1銭だ」
    「…現世の金持ってきててよかったわ」








    植木屋の計六は謎の男に、これまた見たこともない綺麗な赤色の花を渡した。
    そして男はその花を、何故か私に差し出してきた。









    「ほれ、お前にやるわ」
    「は?」
    『花車』。最近流行っとるやろ」
    「…」
    「あんちゃん、お嬢様は…」







    計六の言葉を遮り、私は口を開いた。







    「私は身体が弱く、今日も数か月ぶりに東京の街に出ました。
     いつの間にか江戸も終わり、皆服装も変わっていました。
     花までも…西洋に浸食されているのですか…」
    「……」
    「! 何故私の名前を…?」
    「お前は俺らの中では結構有名人や」
    「…」
    「これ、お前にやるさかい、俺のことよぉ覚えときや」








    私に赤い花車を渡してきた男は、ニヒルな笑みを浮かべ、私を見た。







    「平子真子…また迎えに来るわ、チャン












    ※   ※   ※









    その年の冬、私は死んだ。
    元々身体の弱かった私は、外に出ることさえままならなかったのだ。
    ただ、初夏に会った男だけは死ぬ間際まで覚えていた。
    赤い花車をくれた男

    平子真子



    なんとも不思議な男だった。
    そういえば、平子が迎えに来る前に死んでしまった。
    まぁ、あの言葉はあの時の社交辞令ということにしておこう。

    死んでからも不思議だった。
    死んだ私の横で母と父が咽び泣いていた。
    未練のある霊魂は現世から離れられない、とよく祖母から聞いたものだ。
    そんな祖母よりも先に逝くとは、なんとまぁ親不孝、祖父母不孝だ。
    私はこの先ずっとこの世界に居付くのかと思っていた矢先、やっとお迎えがきた。
    私の想像とは随分と違った黒い装束の男たちだった。







    とはお前か」
    「…はい」
    「死んだ者のの行きつく先へ我々が案内する」
    「よろしくお願いします」








    男たちは道中、これから行く先について説明してくれた。
    その間にも今日、私と同じように死んだ霊がどんどん増えていった。

    なるほど、一日の死者をまとめて連れて行くのか

    なんとも業務的だな、と思った。
    これから行く世界は尸魂界というらしい。
    死んだ者の行く世界で、私たちが住む場所は流魂街というところだそうだ。
    流魂街は瀞霊挺と呼ばれる、男たち死神が住む世界を取り囲んでいるらしい。
    死神とは霊圧を持つ者かつ試験に受かった強いものだけがなれるそうだ。








    「ま、俺たちは選ばれし者ってことだ」
    「はは!違いねぇ!」







    死神たちが雑談をしている。
    死んでからも何か考えて生活するなんて、ごめんだ、と思った。

    尸魂界は思った以上に「現世」だった。
    土があり、木があり、水があった。
    建物もあった。
    ただ、服装が、皆死んだときの服装だからか、簡素なものが多かった。
    そんな私も白い寝間着に裸足だった。
    そして長い長い行列に並ばされた。
    はるか遠くに何やら建物が見える。
    あそこで名前をいい、今後、生活する地区を割り当てられるそうだ。
    この人数からして数日はかかるのではないか、そう思えるくらいに長い列で、大量の霊だ。
    これだけ人間が死んでいるのに、よく「現世」の人間に数は減らないものだ、
    そんなつまらないことばかり考えていても列は一向に進まない。
    ただ「ぐ〜」と腹の虫が鳴いた。
    そういえば死んでから何も食べていない。まぁ、当たり前なのだが。







    お腹…空きましたね







    隣の女の霊に話しかけた。
    いかにも幸の薄そうな顔をしていた。







    「え?空いてませんけど」
    「へ?」
    「だって霊は何も食べないし飲まないって死神さんが言ってたでしょう?」
    …へ?








    私の素っ頓狂な声は近くに居る霊たちの注目を集めた。
    私はお腹が空いたし、喉も乾いている。
    それは事実だった。
    このままでは飢え死にしてしまう。
    死んでからまた死んだらどうなるのか、不安が過った、そんな時だった。
    こんなところで知った声を訊くなんて思ってもなかった。









    チャン、迎えに来たでぇ」
    「…平子…真子…!?」
    「そない大きな声出さんでも聞こえてるわ、なぁ藍染」
    「はい、平子隊長」
    「隊長…?」
    「おぅ。俺はな、死神の中でもちょっと力持ってるねん」
    「…は?」
    「そんな胡散臭いやつ見るような顔すんなって!ほんまやから、のぉ、藍染!?」
    「まぁ、隊長の話し方は胡散臭いですけどね」
    「お前はどっちの味方やねん!?
     まぁえぇ。とにかく、お前はこっちの人間や」
    「こっちって…」
    「死神側や、ゆうこっちゃ。腹、減ったやろ」
    「…」
    「な?先、メシ食おか。それからや、これからの話は」
    「これからって…」
    「まぁ、時間はたっぷりある。なんせ…もう死んだあとやからな」









    あのニヒルな笑みをまた私に見せつけてきた。
    私は列を抜け、平子真子のあとを追った。
    その時ふと、疑問が頭をよぎった。









    「あの…!」
    「んー?」
    花車…
    「…」
    「覚えて、ますか?」
    「当たり前やろ。この前現世行ってお前見つけたときに渡した花や」
    「…」
    「花にはな、一つずつ意味があるんや。花車の意味は…『前向き』」
    「前向き?」
    「ま、これからよろしくな、チャン










    人のことを呼び捨てにしたり、ちゃん付けにしたり、統一感のない男だ。
    ただ、私の彼に対する印象はとてもよかった。
    もしかしたら「花車」が、そうしてくれたのかもしれない。












    花車 -HANAGURUMA-










    それは、彼と私を引き合わせた花










    2017/06/25