今年も春一番が吹き荒れた。









桃の花









ビュッという嵐のような風が窓から入り、春の香りが部屋いっぱいに広がった。










「わっ…書類が…ッ!
「もう春だなぁ」
「ちょ、隊長!!呑気なこと言ってないで、窓閉めてください、窓!!
「せっかくの風だ、開けておこう」
た、隊長!!








部屋いっぱいに舞う書類を飛び跳ねながらかき集める烈志。
私はそんな姿を見ながらお茶を啜った。
そんな私の目に、ふと精霊通信が目に入った。
そう言えば昨日、檜佐木が届けに来ていたような記憶があった。
まぁ、あまり興味がない分、記憶は定かではないが、暇だったので手に取りパラッと表紙をめくった。

予想通り、隊長談義から始まっていた。
今月は一番、三番、五番隊の隊長が雑談を繰り広げていた。
三番と五番といえば、最近隊長に就任したばかりの元仮面の軍勢。
私のよく知るメンツだ。
他愛のない話を雑誌内で繰り広げているのを読み、ふと笑みが溢れた。

そのまま読みすすめて行くと、桜の開花予想の欄を見つけた。
勿論、例年通りの開花の見込み、とだけ書かれていたが、ふと下に小さい欄を発見した。
そこには今年の梅花の写真と桃花の写真が載ってあり、「桃花は今が見事!」とだけ書かれていた。








「へぇ、桃かぁ」







それだけ呟くと、私は雑誌を閉じ、立ち上がった。







「少し、出てくる」
「へ!?隊長!?
「すぐ戻る」
「いやいや!仕事してください!」







生真面目な副官は放っておいて、私は外に出た。
暖かい春の風を肺いっぱいに吸い込みながら歩く商店街。
そこには春をイメージする菓子が並んでいた。








隊長様!今日は何をお求めで?」
「いや、ちょっと見に来ただけだ…これは?」
「これは期間限定の桃餡が入った生菓子です。美味しいですよ」
「やはり桃か…」
「桃、お嫌いですか?」
「いいや。桃が今見事だと聞いてな…」
「あー!平子隊長様とお出かけなさるんですか!?」
「は?」
「それならこれ、持って行ってくださいな!」
「あ、ちょ…」
「お代はいただきません故、お楽しみください!!」








強引に渡された風呂敷。
ポカーンとその場に立っていると、菓子屋の女将に背中を押された。
そして手に桃の花が付いた枝を持たされた。








「女から誘うと殿方の嬉しさは倍増らしいですよ!」
「え、あ…そうだな」
「また結果、教えてくださいねぇ!」
「あぁ…ところで、これ…」
「それは桃の花です。飾ってくださいな…それに桃の花には…」
「!」









勢いで来てしまった五番隊隊舎執務室前。
ザッとふすまを開けると、書類が散乱していた。







「もう隊長!窓閉めてくださいー!」
「えぇやないか、桃!春一番やでぇ!
「書類が飛んじゃいますから!!」
「今日はえぇねん!お!やん!」








廊下に立ちすくす私を見つけた五番隊隊長の平子真子。
彼は私を見つけるや否や、満面の笑みを浮かべて私のもとにやって来た。








「どしたん?」
「いや、菓子を…」
「おぉ!それ、美味しいとこのやん!桃!そんなん置いといてお茶淹れてんかぁ!」
「もう!隊長ったら!」








プクッと頬を膨らませて奥へと引っ込む五番隊副官の雛森桃。
そんな彼女の後ろ姿を見ながらソファに腰を下ろした。
そしてタイミングよく何も飾っていなかった花瓶に桃の枝を挿した。








「これ、どないしたん?」
「あぁ、菓子屋の女将に貰ったんだ。そなたと食べてくれとな」
「へー!あのおばちゃん、えぇとこもあるやん!これは?」
「桃の花が付いた枝だ。これで花見ができるな」
「いっぱいくれてんなぁ。何の味や?」
「桃餡が入ってるそうだ」
「桃!おーい、桃!茶ぁまだかぁ?」








大声で奥に呼びかける真子。
奥からは「はーい、只今ぁ!」という声が聞こえる。
その次の瞬間、「お前とおんなじ名前の花と菓子あるでぇー!!」

その言葉を聞いた瞬間、私は落胆した。
一瞬にして彼との距離を感じてしまった。
そのあとの会話はあまり覚えていない。
ただ、美味しい美味しいと、彼が菓子を頬張る姿だけは覚えていた。
でも覚えているのはそれだけで、会話は愚か、桃の花の香りでさえ、覚えてなかった。



その後、私はそのまま家に帰った。
仕事に戻ってもはかどる気がしなかった。
だから、烈志には悪いが、今日の仕事は明日の朝やることにしたのだ。

部屋の縁側から月を見ながら深い溜息を付いた。
何度目かも分からない溜息を付いた頃、庭に一匹の黒猫が入ってきた。
勿論、夜一ではない。
ただの野良猫だ。
だが、なんとなく彼女に似ている気がして、私の隣に腰を下ろした猫を撫でた。








「貴様は私の友人に似とるのぉ」
「…」
「まぁ、何も話さぬだろうが…私の愚痴を聞いてくれ。
 私は桃が嫌いになりそうだ…桃の花も、桃も全てだ…
 桃が悪さをしたわけじゃないのにな…私は…心の狭い人間だよ…」








気ままな猫はそのまま茂みの方に消えてしまった。
また溜息をしようとした瞬間、目の前に何やらピンクの花びらが舞った。







「溜息付いたら幸せ逃げんでぇー」
「…真子…?」
、久しぶりぃ」
「…昼間会っただろう」
「まぁ、せやな」








「よっこいしょ」と私の横に腰掛ける真子。
その手には桃花の枝があった。
それからふと目を逸らした瞬間、ギュッと肩を抱き寄せられた。








「…ヤキモチ?」
…は?
「だって昼間、桃と全く目も合わせへんかったし、今も変やし」
「…」








私はバッと彼から離れ、向き合うように座り直した。
そして力いっぱい彼の華をつまんだ。







あだっ!?あだだだだっ!
「そなたはという奴は…!人の気も知らんで…!」
「ず、ずまん…!あでっ…!!!いだいっ!!
「…寝る」








真子の鼻から手を放すとそのまま寝室に入り、ピシャッとふすまを閉めた。
勿論、真子はそのあとを追って私の布団の中にまで入り込んできたが、私は無視を決め込んでいた。







「なぁ、〜」
「…」
「ごめんってぇ…オレが桃と話してたからやろぉ?」
「…」
なーあぁー!!
「あぁ!もう!!本当にそなたという奴は…」
?」








私は真子に背を向けたまま口を開いた。







「折角私が…花見をしようと誘いに行ったのに…
 何が副官と同じ名前だ?
 私は桃花が嫌いになりそうだ」
「…そんなん…」
「私は心が狭い…落胆するならすればいい…」
「やっぱオレにはしかおらんわ」
「なっ…」









勢いよく真子が私の上にまたがったと思うと、そのままキスをされた。
彼の胸を力いっぱい押しても退けられるわけもなく、なされるがままだった。


身体を重ねているとき、ふと真子が私の耳元で囁いた。









「なぁ、…」
「…ん…?」
「桃の花ってどう言う意味あるか…知ってるか?」
「…」
「『私は君の虜』…やて」
「…」
「…知ってたんか」
「別に」
「ほんま、ウソつくの下手くそやのぉ」








真子の暖かい手が私の頬を撫でた。
それが心地よくて、ソっと目を閉じた。







「ほんま、お前ってやつは…」







最期、真子が何を言っていたのか聞こえなかった。
でも、きっと優しい言葉をかけてくれていたに違いない。





















2016/03/19