ふと空を見上げた。
何故、空を見ようと思ったのか分からない。
いつもは前しか見ていないのに、
そのときだけ上を見たかったんだ…
高校三年生の夏だった。
夜、予備校からの帰り道だった。
一人で街灯だけが頼りのさみしい道を歩いていた。
そんな時、ふと空を見上げたんだ。
その時の気持ちは忘れた。
ただ、星を見たかっただけかもしれない。
ただ、自分がどれだけちっぽけな人間なのか知りたかっただけなのかもしれない。
覚えてるのは、もう戻れないんだなって思ったことだけ。
翌日、私は通っている高校に登校した。
その日は上を向かなかった。
ずっと下を向いていた。
「ーッ!おっはよーさーん!!」
「…」
「なんや!無視んなや!俺との仲やろ!?」
「…」
「…なんやねんな…」
私の隣の平子真子。
去年の春、転校してきた変なヤツ。
彼とは、ずっと同じクラス。
だから彼のことは誰よりも知っているつもりだった。
「つもりだったんだ。」
そんな彼に声を掛けられても、その日の私は上の空だった。
その日、何回、真子に話しかけられたのか分からない。
16時30分、平子真子と壁に挟まれていた。
「お、おはよー…う?」
「何時やと思て、そんな挨拶してんねん?」
「…夕方…っすね」
「なぁ、。なんやねん、ずっと無視しよって。
今日一日、俺が変な奴みたいになってたやろ」
「…ご、ごめん」
「…どないした?」
「ぁ…」
今日初めて彼の顔を見た。
彼の目を見た。
昨日までの彼と今日の彼はきっと一緒なんだと思う。
でも一緒だとは思えない。
だって、見てしまったから。
「あ、あのさ…ッ!」
「…なんや…」
「わ…私、見ちゃったんだよね!」
「…は?」
「別にさ、見るつもりはなかったんだよ!
そのときだけ、何故か私の中で何かが浮き上がってきてさ!
それでさ!パッとね!でも、そんなに見てないし!それで…!」
「ッ!!」
「ッ!?」
「何が言いたいねん…」
冷や汗が背中を伝った。
見つめ合う私たちの間には、少しさみしげな空気があった。
私は生唾を飲み込んで、口を開いた。
「…し…真子、なんで刀なんて持ってんの…?」
「!?」
「恐竜みたいなやつがいっぱいいてさ、血も落ちてくるしさ!!
バカでかい音してるのに皆気付かないしさ!
ははっ!なんか…私、夢見てたのかな!?」
「…」
「あ、そっか!勉強し過ぎだ!」
「…」
「私、真子と違ってちゃんと受験勉強してるし!きっとそれが原因で…」
「…ッ!!!」
「ヒッ!」
「あ、すまん…、落ち着け…」
「…ごめん、でも…。
でも…昨日から、震えが…止まらないんだ…」
真子は私の肩を掴んだ。
そこから、私の震えが伝わったのか、その持つ力が強くなった。
「…いつから見えるんや…?その恐竜みたぁなやつ…」
「へ?」
「いつからや?」
「…きょ、去年の冬くらい…」
「そうか…俺のせいや」
「…え…」
「俺がお前の近くにおるから…俺の霊圧に当てられたんや」
「へ?れいあつ?なにそれ?
真子が私の近くにいるからってどういう意味…?」
次の瞬間、私は真子に抱きしめられていた。
この一年、バカにされたり、頭をハタかれたり、バカにされたり、
ロクな扱いなんて受けてなかった。
それでも私は真子が好きだった。
お互い、そういう言葉は使わなかったけど、ずっと一緒にいた。
今年の夏は、一緒に祭りにも行った。
それでも「付き合って」だとか、「好きだ」とかいう言葉は使わなかった。
ただ、一緒にいるだけだった。
手もつないだことなかったのに、、、
今、私は真子に抱きしめられている。
ギュッと、壊れるくらいに。
それでも壊れないようにそっと…
「すまん…
俺は、お前の人生を変えてもうた…」
「…ぇ?」
「その恐竜みたいなやつは虚(ホロウ)ってゆうて、
幽霊の中でも悪者…人間の魂を食ってまうヤツや」
「…」
「その虚を退治して、除霊してやるのが死神っちゅーヤツらの仕事や」
「…真子は…死神…なの?」
「まぁ…『元』な」
「元?」
「まぁ、それはこっちの話や。
俺の力が強過ぎてお前にも虚が見えるようになってもうた。
これはもう元に戻すことはできへん。一生、虚が見えてまう…
こっちが見えてるっちゅーことは、向こうもこっちをピンポイントで狙ってくる」
「…それって…」
「お前は一生、虚に狙われ続けるってことや」
「…」
「俺が近くから消えるから、そうそう心配することないけどな。
俺のほうが、惹きつける力が強いから…」
「そっか!!」
「は?」
私は真子の腕からすり抜けて、
人一倍の、今まで見せたことのないような笑顔で彼を見た。
「ちょっとつまんないなぁって!!
それ、見えるのって選ばれた者だけでしょ!?それってちょっと得じゃない!?」
「おまっ!意味分かってんのか!?」
「わかってるよ!!」
「!」
「分かってるよ…
その虚ってやつに殺されるかもしれないんでしょ?」
「…」
「それに…真子がいなくなっちゃうんでしょ?」
「!」
「大丈夫!私、けっこう強いんだよー?
今まで彼氏なんかいたことないけど、ここまで生きてこれたんだし!」
「…」
ふと、頬に水が流れたのに気付いた。
拭いても拭いても、その水は止めどなく落ちてきて、
一瞬で、手がビチョビチョになった。
「ほなな、」
と真子がつぶやく声が聞こえた。
それに私は答えずに廊下を歩き出した。
それでも、最後に彼の顔が見たくて、振り向いた。
もうそこには彼はいなくて、少し、彼の何かが感じられるだけだった。
「…じゃあね、真子…」
上を向いて歩こう
後日、私の学校の机の上にメモが乗っていた。
それを読んでから私はずっと上を向いて歩くことにした。
いつか私が死んで、死神っていう真子の仲間がいっぱいいる世界に行けたら、
もしかしたら死神になれるかもしれないし、
もしかしたら、また真子に会えるかもしれないから。
「ずっと下向いてたらぶつかんぞ!!上向いて歩け、アホ!」
2013/08/12