雨が降っていた。
教室から見上げる空は重く、暗い雲が広がっていた。
授業は私の大嫌いな数学。
集中できる訳もなく、ずっと外を見ていた。
「ーーッ!!!」
「へ、へいッ!?」
「返事は『はい』だろーが!」
「すいませーん…」
教室が笑いに包まれる。
私自身、苦笑いをして椅子に座り直した。
数学問題は兄弟で池の周囲を走る問題。
なんで池の周りなんて走ってんのよ…
なんて思いつつも公式に当てはめる。
「そこ、間違ってんで」
「…む…!」
「兄が250m/分、弟が100m/分で逆回りに走ってんねんで?そこの数字、逆やろ」
「もー!煩いなぁ!真子は黙っててよ!」
「こるぁぁぁあ!!静かにせんかッ!」
「す、すんません…」
再び先生に怒鳴られた私は、隣でやる気のなさそうな顔をしている平子真子を睨んだ。
彼は私に睨まれても涼しい顔をしていた。
平子真子はほんの数ヶ月前にこの学校に引っ越してきた。
彼は少し…不思議な感じがした。
普通の高校生なんだろうけど…
同い年なんだろうけど…
世界の全てを見てきたような…そんな目をしていた。
結局、数学の問題は解けずにチャイムが鳴った。
解けなかった問題は宿題となり、今日の授業は全て終わった。
まだ、雨は降り続いていた。
私は荷物を片手に昇降口にやってきた。
ほとんどの生徒は既に帰ったあとで、校舎は雨の音だけを響かせていた。
持っていた傘を広げ、雨の中に進んでいこうとしたその時、後ろから声がした。
「はぁー!まだ、降ってんのかいな…」
「…真子じゃん。まだいたの」
「傘ないからちょっと待ってみたんやけど…こりゃ、止まやんなぁ」
「…入る?」
「…は?」
「だから、入れてやってもいいわよって…言ってんのよ」
私は傘を差したまま彼を見上げた。
長身の彼を見上げるのは、少々首が痛くなる。
数十秒の沈黙ののち、彼は無言のままだったので、私は顔をしかめ、また雨の中進もうとした。
「せっかく人が…」
「…しゃーなしやぞ」
「は?」
また、後ろから声が聞こえたと思ったらふと腕に彼の腕が触れた。
「しゃーなし、入ったるわ」
「…なにそれ。何様」
「俺様」
「全ッ然面白くない」
「ちょ、傘貸せ。俺が持つ」
「え、持ってくれるの?」
「アホ。俺はスリムで長身やからな、
お前が持ってたら背中丸めやなあかんねん。不快や!」
「はぁ!?人が善意で…!もういい…」
真子に傘をひったくられた私は、不機嫌オーラを周囲にまき散らしながら無言で歩いた。
彼も一言も発しないまま、数分が過ぎた。
信号待ちをしているとき、私は気付かれないように、真子の方を見た。
すると、傘からはみ出ている左肩が雨で濡れていることに気付いた。
私の右肩は濡れていない。
キョロキョロしていると、彼は久しぶりに口を開いた。
「何、キョロキョロしとんねん」
「…何であんたが濡れてんのよ」
「…濡れてへんわ」
「濡れてんじゃん」
「濡れてへん」
「あんたが濡れたら傘さしてる意味ないじゃん」
「意味あるわ」
「どんな意味よ」
「お前が濡れてへんやろ」
「…」
「なんで黙んねん」
「…別に」
私はそのまま無言を貫いた。
彼に顔を見られないようにずっと前を向いていた。
だって今、
私の顔は絶対に真っ赤だと思うから。
「、着いたで」
「え、あ…私の家…」
「返すわ、傘」
「い、いいよ!真子が濡れるじゃん」
「もうこんなけ濡れてたら一緒や」
「…ほら、やっぱり濡れてるって認めた」
「…ほなな」
私に傘を押し付けて雨の中歩き出した真子。
私は彼の名前を呼んだ。
「真子!!」
「…なんや」
「あ、ありがと!」
「別にー」
そう交わしたあと、家に入ろうとすると、次は私が彼に呼び止められた。
「!」
「なに?」
「明日、朝8時に家の前で立っとけよ。
しゃーなし、迎えに来たるわ」
雨物語
-アメモノガタリ-
「しょうがないから、立っててあげるわ!」
2013/08/08