昔の夢を見た。







紅蓮の愛


39.忘れたことなんてない






瀞霊廷を一望できる丘の上。
そこには桜の木が植わっていて、ちょうど満開の時期だった。

そういえば、ここを最初に教えてくれたのは真子だった。
初めて、人の前で泣いた場所だった。
初めて、人に甘えていいと思えた場所だった。

でもそれは相手が真子だったからで。
それ以外の人だったら決してそう思わなかっただろう。


死ぬ間際に、一番いい思い出に浸れてよかった。
最後に、真子との思い出に浸れてよかった。
私はそう思って目を閉じた。
きっと次に目を開ければ、何も感じない場所に行くのだろう。
いや、目を開けることさえできないのかもしれない。
でもそれが本望だった。
長い間、孤独で生きるのは疲れた。

さよなら、真子。



そして私は目を閉じた。









※   ※   ※







目を開くと、白いカーテンが視界に入った。
目だけを動かすと、窓が見えて、奥に青い空が広がっていた。

ここが、死後の世界でないことにすぐに気付いた。

また、生き残ってしまった

自分の霊力の強さと、運の強さにまた嘆くことになろうとは。
身体が重くて動かない。
血を無くしすぎた後遺症か。
戦いには勝ったのだろうか。
ここに自分が寝かされてるということはきっと勝ったのだろう。

戦いの最中、私は幻を見ていた。
真子が生きていると、みんなが生きているという錯覚。
総隊長のことを嘘つきだと言った。
あとで謝りに行かねば、と動かない身体の代わりに、右腕を持ち上げた。
頭が大層痛い。
瓦礫にでもぶつけたか、と思うと、それで割れていない頭を尊敬する。


そしてその頭を労わるかのように、自分で手を額に当てた。

















忘れるはずがなかった。
現世で感じていたあの霊圧。
荒々しくも懐かしい。
意識が朦朧としていても私の名を叫ぶ声ははっきりと聞こえていたのだ。

いつの間にか私はベッドから起き上がっていた。
裸足で廊下を駆ける。
数人の隊士とすれ違う。

隊長様!?

やはり私は綜合救護詰所にいたようだ。
そうなると、廊下の突き当たりを右に曲がると出口だ。
少し走ると、飲食店が並ぶ通りに出た。










「わわ、隊長殿!?
「そんな身体で走られるなんて…っ!ってか裸足…!?










そんな叫び声にも似た声が耳に届く。
だが、そんな声を気にしている場合ではない。
私はあたりを見回し、霊圧を探る。
万全ではない身体で、霊圧も戻り切っていない身体で、他人の、しかもたった一人の霊圧を探すのには骨が折れる。
屋根に飛び乗る体力さえない故、通りを何度も曲がり間違えた。

そして、やっと見覚えのある団子屋にたどり着いた。
五番隊近くに店を構える、真子が好きだった団子屋だ。
ここ真子たちがいなくなったあと、ここには十数年来ていなかった。
来ると真子たちを思い出してしまうから。
再び足を運びだしたのはここ数十年前からだ。
団子を作るおばあさんが腰を悪くして引退、代わりに五番隊隊士である孫が跡を継いだと聞いたからだ。

団子屋の暖簾の前に立つと、中から賑やかな声が聞こえた。










「ちょ、おま!あのばあさんの息子やろ!?もうちょい上手いこと作られへんのか!?
「な、な、なんですかイキナリ!?ってかばあちゃんの事知って…!?」
「俺はな、あのばあさんが現役で餅ついてた時から常連やったんや!」
「な、何百年前…ですか、それ…」
「えぇから!早いとこ大福持って帰らな、が…」
「おい、真子、さっさと帰らねぇとマジで、起きちまうぞ」
わかってるわ、ラブ!こいつほんまにおっそいのぉ…!」








そんなやり取りの後、「おおきに!」と紙袋を持った金髪の男が出てきた。
私は、暖簾の前で立ちすくみ、動くことができなかった。









…」
真…子…?
「…」
「真子?本当に、真子…か?








私は、いつの間にか自分が涙声になっていることに気付かなかった。
そっと金髪で長身の男に近づき、頬に触れようと手を伸ばした。
だが、私はハッとして手を引っ込めた。
私は一歩、彼から離れると、勢い良く頭を下げた。
通りで談笑をしていた死神たちが全員、口を閉ざした。
あの特別隊の隊長であるが、破面の軍勢という訳も分からない集団のリーダーに頭を下げているのだ。

勿論、真子たちも口を開かない。









すまなかった…!








私は出来るだけ声を張り上げた。
だが、その声が響くことはなく、ただ小さく発せられただけだった。
それでも十分だった。
周りが静かすぎたから。
ただ、風に靡く葉の擦れる音だけが聞こえた。








「あのとき、私が油断さえしなければ怪我をすることも
 私がもっと強くみなを説得していれば…!」
「…」
全部…全部…私のせいだ…
「…俺はなァ、藍染が憎いんや。こんな身体にしよって…
 死なんことにはこの身体から解放されへんからなぁ
 けどな、俺はアホな死神がもっと嫌いや
「ッ…」
「自分の立場も考えんと突っ走る奴なんか特になぁ」

「ちょ、おい真子…言い過ぎじゃ…」
「ラブは黙ってろ」

「なぁ、…俺は別に待っててほしかったわけちゃうねん。
 は俺より頭えぇから、俺がおらんなってもやっていけると思った。
 いや、やっていってほしかった。
 護挺隊の隊長なんか強いやつがなればいい、でも特別隊はちゃうやろう。
 それが分かってると思ってた。
 これは俺のミスや…俺のほうが…のこといっこも分かってなかった…」
「…」
、頭上げろ…」
真ッ…
「別に俺らは誰も、のこと憎んでない、嫌いにもなってない。
 もう謝らんでえぇ、自分を責めんでえぇねん…」
「真子…」
「すまんかった…俺はこの百年…を忘れたことはない









その言葉を聞いて、私は一目もはばからず真子に抱きついた。
しっかり抱きしめてくれた。
やっと思い出した。

温もりも
声も
匂いも


全部。
全部思い出した。








私も…そなたを…忘れたことはない…!







2016/10/30