百一年前の夏。
最大にして最悪の事件の幕が開けた。










紅蓮の愛


29. 事件







「…眠い…」






そう言いながらも私は布団から出た。
寝苦しい夏の夜にも慣れた頃で、また一日が始まると思うと何故か溜息が出た。









「隊長!おはようございます!」
「…颯か。朝から元気だな」
「はい!しっかり朝練を終えて来ました」
「…暑苦しいのぉ」
「へ!?」
「いや。なんでもない。着替えて行くから先に朝食でも取っていろ」
「はっ!」









欠伸を噛み殺しながら朝食の席に付く。
いい色に焼かれた塩鮭に箸を入れながら、また欠伸を噛み殺した。
そんな朝食の席に似合わない、ドドドドッと廊下を走る音が聞こえて来たのは、
それからあまり時間が経っていない頃だった。

バシッと勢いよく開かれた襖の向こうには、息を切らした第三席の徳川芳音の姿があった。









「隊長!!!」
「芳音、朝から静かにしろ」
「隊長!それどころじゃないんです!変死事件です!
「…朝から聞きたい話題じゃないな」
「流魂街で住人が…!」
「ただの住人同士の殺し合いか何かだろう」
「それがですね!違うんですよ!」







ズズッと私の前に寄ってくる芳音。
「近い」と短く言葉を発するも、彼女は私の顔の前で指を立てた。







『消える』んです
は?
「服だけ残して、跡形もなく…」
「ほぅ」
「普通、死んで霊子化するんだったら来てた服もなくなるはずですよね」
「まぁ、そうだな」
「だから、恐らく生きたまま人の形を保てなくなって消滅した、としか考えられないそうです」
「それはどこからの情報だ?」
「えーっと五番隊の…」
真子か
「はい!平子隊長です!あ、でも最初は卯ノ花隊長だったような…」









朝食後、私は颯を連れて商店街に出た。
偵察も兼ねて、というとろこか。
まぁ、私が出ると偵察どころではなくなってしまうのだが。








「あ!隊長様!お元気ですか!?」
「あぁ…久しぶりだな」
「えぇ!あ、この大福、新商品なんです!いかがです?」
「そうだな、今度芳音に買いに寄越そう」
「お待ちしております!」








すると、前から知った声が聞こえて来た。









痛ぁ!!
 何やねん、ひよ里!いきなり!?」
「うちへの挨拶がまだやっ!!!」









そんな騒ぎの声を聞きつけて道を進むと、真子とひよ里が取っ組み合いをしていた。









「…何をしておるんだ、そなた達は…」
「おぉ!!!おはようさん!!朝一にお前の顔見に行きたかったんやけどなぁ、時間が…あててて!!」
「せやから、うちへの挨拶がまだやってゆうとるやろ!!」









この二人には何も話が聞けそうにない。


だが、ひよ里がいるということは…


私は視線を地面から上へと移した。









「おはよーございます、サン」
「あぁ、喜助。おぬしに聞きたいことがあってな」
「…はぁ」
「流魂街の変死事件の件は知っておるか?」

おぉ!俺もそれをな、言いたかったんや!!








真子の話によると、死んで霊子化するならきていた服も消える。
死んだのではなく、生きたまま人の形を保てなくなって消滅した、としか考えられないということだ。









「生きたまま人の形を保てなく…?」
「スマンなァ。俺も卯ノ花隊長に言われたことそのまま言うてるだけや。
 意味わからへん…ともかく、それの原因を調べるために今、九番隊が調査に出とる」
「…拳西がか?」
「あぁ。なんや、行きたかったんか?」
「別に。今、他の仕事が忙しいからな」
「…現世の巨大虚の話か?」
「あぁ。空間が歪んでいるのかなんなのか…まぁ、こっちも調査中だ」








すると、ザッと私の前に徳川芳音が現れ、報告した。








隊長、緊急報告です。
 今しがた、現世駐在の佐久間第十席と部下五名が巨大虚に襲撃されました」
!?
 何故だ?佐久間なら襲撃に対処できるだろう」
「それが…気配に気付けなかったと…」
「意味がわからん。私が行こう」
「あ、おい。…」
「真子、またその話は後で詳しく教えてくれ」
「おぉ…」









私は颯と芳音を引き連れてその場から立ち去ろうとした。
そのとき、誰かの鋭い視線が背中を刺した。
後ろを振り向くと、驚いたような真子の顔があった。








「ん?どないした?」
「いや…別に」
「気ィ付けていけよ」
「あぁ」










※   ※   ※









「何故だ。何故佐久間と連絡が取れん?」
「それが…現世駐在の死神全員との通信が取れず…」
「やはり、技術開発局の開発物を信じたらいかんな。
 颯はここに残れ。私一人で行く」
「で、ですが隊長…!」
「今、こちらでも変死事件が動こうとしている。何かあったら対応する者が必要だろう」
「なら俺が…!」
「私が行った方が早い。ただ、それだけだ」








地獄蝶を付け、穿界門を開ける。


現世は雨が降っていた。











2014/08/31