振り子は振れ戻る


未来へ未来へと進み続けた物語は
ここで一旦、動きを止め
過去へと振れ戻る


それはほんのわずかな時間
しかしそれ故に、恐るべき速度で遥か彼方へ

知らねばならない



だが




知られてはならない



そこに在るのは“仮面”の真実










紅蓮の愛


28. 振れ戻った振り子









百十年前









「隊長。準備は整いましたでしょうか?」
「え?あ、あぁ…」
「入りますよ。今日は新任の儀でございますから、遅れないよう…」









ザッと襖が開いたと思うと、そこには綺麗な茶髪を短く刈り込んだ長身の男が立っていた。
彼の名は桐生颯(きりゅう はやて)。

首筋には大きな火傷の跡が見える。
彼は私と目が合うと、さっと膝を付いた。







「そんな礼儀はいらんと前々から申しておろうに…」
「主従関係ははっきりさせたい性分なのです」
あははっ!朝から笑わせよるのぉ」









私は羽織を翻し、廊下に出た。








「さて、行くか」
「はっ!」









一番隊までは徒歩で約10分。
ようやく一番隊隊舎の大きな扉が見えたかと思うと、知った面影が庭へと飛んでいくところだった。









オッス ハゲシンジ!!
 今日もペタンコで踏みやすいカオしとんなァ!!」
「ひよ里、お前コラァ…」

「…真子?」
…!!








鼻血が出るのを止めようと鼻を手で押さえながら真子はガバっと起き上がった。
廊下から庭に転がる真子で見ていると、
隣でごすんっとひよ里がラブに頭を殴られているところだった。









「…さっさと上がって来ぬか。そんなところで何を寝転んでおる」
ちゃうねん!!ひよ里がな!」
「もう良い。」
〜…無視せんといてぇなぁ」









情けない声を出す真子をよそに隊舎に入ろうとした。
すると、視線を感じ、顔を上げると、そこには五番隊の副隊長である藍染が立っていた。










隊長、おはようございます」
「あぁ。おはよう」
「いつも隊長がお世話になっています」
「はは…おぬしも真子が隊長だと大変だのぉ」
「慣れましたよ」
「そうか…」

「ってかもうみんな揃ってんのか?」







ぬっと後ろから顔を出してきた真子。
もう鼻血は止まったらしかった。









「大体な」
「十一番隊が来てへんやんけ」
「毎度のこと、サボりだろう」
「何や十代目の『剣八』か知らんがナンギなやっちゃな。
 何であんんたブタみたァな奴、隊長にしてんやろな」
「真子、口が悪いぞ」

「ホントホント。ちゃんの言うとおりだよ、平子くん」
「あ、京楽さん。今日は早いねんなぁ」









隊長同士の世間話。
私は聞き流しながら自分の定位置に付いた。
その斜め前には既に幼馴染の顔があった。








「朝から夫婦漫才か?」
「煩いな、おぬしは」
「はっはっはっ!良いじゃないか」
「お主と話してると頭が痛いわ…」
はっはっはっ!









幼馴染の陽気な笑いに溜息をついた。
彼女、夜一はいつも私と真子のことをからかってくる。
恐らく彼との馴れ初めを知っているからあだろうが、こちらとしてはあまり気分はよくない。
まぁでも、彼女なりに私たちのことを認めているのだろうと思い、我慢しているのだ。

私と五番隊隊長である平子真子は所謂『恋仲』というものであって。
恐らく瀞霊挺内の死神は全員が知っているほどだった。

今日もこの新任の儀が終わったあと、一緒に昼食を取る約束をしていた。











「真子」
「おー。、まぁた変な奴が隊長なったのぉ」
「喜助か?まぁ、変人だろうな…だな、強いぞ」
「お前の知り合いか?」
「いや。夜一のだ。紹介はしてもらったが…そなたと同じ匂いがした」
「はぁ?もしかして…おまっ…喜助のことを…!?
「んなわけあるか!同じ思考の奴だと言うておるのだ」









全くそなたは…と独り言を言いつつ、商店街を歩く。
真子は私の機嫌を取ろうと、何やら言いながら私の後を付いて来ていた。








「なぁー。ー。何食べる!?」
「…蕎麦」
「蕎麦?」
「あぁ」
「ほな!蕎麦食いに行こか!」
「行ってる」
「もー!機嫌直してーやー」
「元々機嫌が悪いわけではない。ほら、着いたぞ」









いらっしゃーい、と景気のいい声が響く。
ここの蕎麦屋は老舗で、他の隊長格も良く訪れている。
私たちも例外ではなく、常連だった。








隊長様!平子隊長様も!」
「大将、邪魔するぞ」
「そんなそんな…隊長様が来てくださるだけでうちは十分ですから」
「大将!俺は!?
「勿論、平子隊長様もですよ!」









そんな会話をしつつ、大将はいつもと同じザル蕎麦を持ってきてくれた。
私は手を合わせて「いただきます」というと、蕎麦の上に乗ったネギを彼の蕎麦の上に乗せた。










「…なんや、またネギ食わんのか?」
「…」
「そんなん、食わんのやったら初めから大将に…」
「そなた、ネギ好きだろう?…だからだ」








私は赤い頬を彼に見せないようにうつむきながらネギを彼の蕎麦の上に乗せた。
「ほんま、はかわいーなー」なんて声が頭の上で聞こえる。
そんな言葉を聞いて私の頬は余計赤くなるのだった。







こんな日常が、ずっと続くと思っていたんだ。



この時は…















2014/06/08