翌日、私は朝早くから学校の屋上にいた。











紅蓮の愛


24. 微かな匂い











朝早くに浦原商店を出た私に、店主は何も言って来なかった。
起きている気配は分かっていたが、私からも声を掛けることはなかった。








「なぁ、鈴…」
『なんだ。主…』







斬魄刀の具現化。
それは卍解に至った者なら簡単なことだ。
だが、と鈴神楽程に互いを信頼し合った者はいないだろう。

煙管を咥え、豪華絢爛な着物は肩が見えるほどに肌蹴ていた。
を見る目は、妖艶だった。

そんな彼女たちは似通っていた。

勿論、斬魄刀とは持ち主の内面を映し出すのだが、
の内面は、表面でもあった。








「また少し、私はおかしくなったのかもしれない」
『…』
「気付いてないわけはないだろう?あの匂いに…」
『…勿論だ』
「私の秀でた霊圧探査能力がこれほどまでに憎らしいと思ったことは初めてだ…」
『…』
「総隊長は忘れろと言った。
 卯ノ花も忘れろと言った。
 夜一は死んだと言った。
 喜助も死んだと言った。
 だが、何故だ?…何故これほどまでに…奴の匂いが鼻を突くのだ…ッ!」
『主…落ち着け』
「深呼吸しても、匂いが鼻を突いて落ち着けぬよ…
 ほんとに、困ったものだ…」
 






は自嘲気味に笑った。
自分が嫌だった。
早く忘れられない自分が嫌だった。
もう百年も前の話、生きていても死んでいても、この長い年月を
埋めるほどの《想い》は持ち合わせていないだろう。











はぁ!
 もうこんなことを考えることは止めると決めた!
 さて、どうやったら隊長格全てを戦闘可能にするか、考えるかの」
『主…』
「おぬしも気付いておるのだろう?鈴…」
『…』
「あれは、ヴァストローデでもアジューカスでもない…
 雑魚が仮面を剥いだだけだ。それなのに、このダメージは…中々に手強い相手だ…」










電霊神機を片手に慣れない手つきでダイヤルを回した。
連絡先は…







「あ、もしもし?総隊長ですか?私です…
 え?違いますよ。美鈴じゃありません。です。
 ふふふ、何百年前の話ですか、それ。
 報告がてら、電話しました。私、メール打てないんで。
 今度、烈士にでも教えてもらいます。メールの仕方。

 強かったですよ、破面は。まぁ、勝てないでしょうね。
 今のままでは。
 こっちは私が指導しますから、そっちはよろしくお願いします。
 あぁ、頼みましたよ。浦原に。
 ちゃんと涅に伝えました。嫌な反応されましたけど。
 ふふふ…大丈夫です。もう心配しないで下さい。
 夜一とも仲直りしましたから。
 もう立派な大人ですよ、私も。

 え…?
 …そうですか。
 藍染の真の目的はそういうことですか。
 意外?あぁ、私がそんなに驚かないことにですか?
 ふふふ…もう驚くのに疲れましたよ。
 これ、日番谷に私から伝えますか?
 それともご自身で伝えますか?
 あぁ、緊急回線、もう準備したんですか。
 仕事早いですね。
 では、私も日番谷と合流します。それでは、失礼します…」








少しの長電話のあと、私が電話を切ろうとボタンに指をかけたとき、
総隊長が電話越しに私を引き止めた。








や…』
「はい?」
『己を見失っては、ならんぞ…』
「…そうですね。でも…」
『?』
「私は…百年前から自分が何なのか、分からないですから…
 今更、見失うものなんて、ありません…」












そう言って電話を切った。
早朝の学校は静かだ。
まるで、この世界に誰もいないかのように。

電霊神機をポケットにしまうと、私は宙に立った。









「さて。日番谷のところにでも行くか」












2013/09/26