現世は、夏の終わりが近付いても暑さが厳しかった。







紅蓮の愛


17  突き進んだはずなのに








こら、ハゲ真子!何しとんねん!
「…」
「おら!ウチの話を…」
「聞いとるわ」
「…は?」







平子真子はとる廃工事現場の屋根の上から空を見ていた。
透き通るような青い空に点々と白い雲が浮かぶ。
日中はまだ、汗ばむほど蒸し暑かった。







「藍染が動き出したんやろ?百年もかかったんか」
「…なんや、聞いてるんかいな!じゃああの俄死神に…」
「黒崎一護。虚化やろ。あーぁ、めんどくさッ!
「じゃあお前が一護の引き込み役でガッコ行きや!」
はぁ!?なんでそーなんねん!?








それだけ言うと猿柿ひよ里は屋根から消えた。
平子真子は「はぁ〜〜!」と大きくため息を付いた。
そしてまた空を見た。



尸魂界の話は浦原から詳しく聞いて知ってた。
あの百年前の出来事から、俺らはとてつもない憎しみに駆られた。
藍染が憎うて、憎うてしゃーなかった。
勿論、藍染が尸魂界を裏切ることを止められへんかった己への不甲斐なさもある。
でも、もう一つは…あいつを置いてきてもうたことや。







『いいんスか?サン、置いてきて』
『…あいつは尸魂界におらなあかんやろ』
『…』


『あいつは…は、の当主で特別隊隊長や。
 こんなときに特別隊の隊長まで抜けたらやってかれへんやろ…
 それに…は強い女や。それは俺が一番よぉ分かってる。
 俺のことなんかすぐ忘れるわ』






今でも覚えてる台詞…
あのとき、なんであんな台詞ゆうたんか分からん。

けど

あれからのの噂は全部俺の耳に入って来てた。


あいつは壊れた。


もう元には戻らへんのとちゃうか、と思うくらい。
俺のせいでが壊れてもぉた。
心がボロボロに…壊れてもぉた。

俺の誤算やった。
にあんな思いさせるんやったら無理やりにでもコッチに連れてきたら良かった。


あれから百年経った。
もうは俺のことを忘れてると思ってた。
50年くらい前から、の噂は流れてこなくなったから。
もう幸せに暮らしてるんやと思ってた。

藍染がを斬ったことを知った。
俺の中の怒りが増大するのを感じた。

藍染がを斬った
また藍染が…俺のを斬った

は全部悟ったやろ
知らんと生きてきたはずやったのに。
藍染は、全てにおいて俺の邪魔をしてくる奴や。








「ほんま腹立つ奴や…藍染…








俺はまたため息を付いた。








「はぁ〜。こんないため息ばっかついてたら幸せ逃げるわ〜」








それでも、俺はのことを全部覚えてた。
あいつはきっと覚えてないはずや。
でも俺は覚えてる。

声も、
匂いも、
抱きしめた感覚も

全部。





あいつには俺のことを忘れてほしかった。
そう願い続けてた。
それがあいつの生きてくために必要なことやと思ったから。
だから長い髪も切った。
一種の願掛けや。
まァ、こんなんでほんまに叶うわけないけど。







「俺、未練タラタラやないか…」








それだけ言って平子真子は工場内へと入って行った。








「真子!何してたんだよ!作戦会議すんぞ!」
「おー」
「さっきからおかしいなぁ、真子!!」
「お前は黙っとれ、ひよ里」
なっ!?ウチはお前を心配してやなぁ!?」
「おい、ひよ里、それくらいにしとけ」
「む…」








ここにいる全員が藍染を憎んでる。
そして、全員が今、尸魂界で起こったことを知っている。

のことも。







そろそろ、始動やなァ…







廃工場の横の河川敷には彼岸花が咲いていた。










2012/09/16