いつも余計なことを言ってしまうのが
昔からの私の癖だった。






紅蓮の愛



10 過去の遺物








鍛錬場から出たあと、私は大きなため息をついた。
また余計な一言を言ってしまった。







「私も…心が狭いのぉ…」








ようやく、隊舎に戻ったころには、戦況は大きく変わっていた。
藍染が死に、更木が負けた。
涅も旅禍に負けたらしい。
阿散井・吉良・雛森が戦線離脱している。
しかし、旅禍の方も多くが捕まったらしかった。
恐らく、残るは一護のみだ。
そこに、藍染を見張っていた葵が帰って来た。






隊長!
「あぁ。葵か…」
「すいません!私が張っていながらも藍染隊長が亡くなってしまい…」
「良い。藍染を殺した奴を見たか?」
「いいえ…気づけばいなくなっていて…」
「…そうか。では、椿と連絡を取って二人で市丸を張れ。連絡は取れるな?」
「はい」
「頼んだぞ」
「はっ!」












報告だけ済むと、葵はまた瞬歩で消えた。
真田姉妹には信頼を置いている。
ヘマはしないだろう。
私はそんな状況の中、六番隊隊舎へ赴いた。
白哉坊に話があったからだ。








「…誰かと思えば…」
「元気か、白哉坊」
「…」
「夜一に会ったそうじゃないか。
 また鬼事に負けたか?」
「…、おぬしはあやつを許したのか」
「はっ!おぬしには関係のないことよ、白哉坊…」
「…ところで、何をしにきた?」








その言葉を聞いて、私は一瞬、口を噤んだ。
窓の外では、もう日が沈みかけていた。








「…なぜ、義妹を見捨てる?」
「…」
「命より掟が重要か?」
「…貴族が手本にならず、誰が手本になる?」
「白哉坊!いい加減にせんか!








私は、大声で怒鳴ると、白哉坊の襟を掴んだ。
それでも彼は顔色一つ変えない。







「…死んだら終いだ…何もかもが終わる」
「…」
「生きていれば…何かしら変えられる…まだ分からんか?」









涙声になっていたのが自分でもわかった。
しかし、涙は見せぬよう、必至で感情を抑えた。







「…まだ悔いておるのか、
!?
「夜一を許せぬか。浦原を許せぬか。自分の非力さを許せぬか
…だまれ!!
「私はおぬしほど弱くない」
「!」
「出ていけ。私の気持ちは変わらぬ」








白哉坊が隊首室へ行ってしまったあと、
私はそのまま六番隊の執務室に立ち尽くしていた。

動けなかった。

己がまだ、百一年も前のことを悔いているということを、
他人に指摘されたことが、何よりも心に響いた。
私は、百一年前から何も成長していなかった。
変わることが出来ていなかった。

その後、どうやって自室に戻ったのか覚えていない。
覚えているのは、地獄蝶が処刑の日程変更を伝えに来たことだけ。
明日、朽木ルキアは処刑される。
それを聞いても白哉坊は動じないだろう。







『主…』
「鈴か…おぬしはいつも図ったように出てくるのぉ」
『主のことで分からないことはない』
「そうか」






鈴とは「鈴神楽」の略で、私の斬魄刀だ。
音波系最強の斬魄刀で、鈴神楽の音色はこの世の儚さと切なさを知る。
具現化したときは、人間と同様の姿でいつも煙管からの煙を私に吹きかける。
花魁のような着付けを豪快に肌蹴させ、癖の悪さを醸し出しているのだ。
それでも、彼女は私に忠実だった。






『主はまだ、後悔してる』
「…そうかのぉ…」
『あぁ…我には分かる。主は我を振るのを恐れてる』
「!」
『恐れてはならない。我は主に力を与えんとしてる…
 だが、主はそれを拒む。何故だ?
 我を拒んだとて、過去は変えられぬ』
「鈴…もういい。戻れ」
『我は主を信頼している。
 殺(さつ)を持って我を振れ、昔のように』
鈴!!帰れ…!お願いだから…今は帰ってくれ…」





それだけいうと、鈴はしぶしぶ刀の姿へ戻った。
そして私は机の引き出しを開けた。
奥にしまってあった、古い和紙の封筒。
その中に大事に入れられていたのは古びた白黒写真。
百年前はまだカラー写真など撮ることはできなかった。

そこに写っている私は笑っていた。
今ではできないような、自分で見ても幸せだと思えるほどの笑顔だった。
そんな私と映るのは、7人もの隊長・副隊長仲間と、一人の想い人。
彼は私の肩に腕を回していた。
私も彼に寄り添っていた。
しかし、その写真を見ても、

彼の声も、
匂いも、


何も思い出せなかった。
写真を持つ両手に力がこもり、写真にしわを作った。
頬に何やら冷たいものを伝い、写真に落ちた。
それが涙だということに気付いた時には、写真の一部分が滲んでしまっていた。






真子…ッ!!







その日、私は止めどなく泣いた。







2012/09/05