私が霊術院を卒業して5年、
私は特別隊の隊長になった。







胡蝶の如く  06











私が鍛錬を積んでいる間、特別隊隊長の座は選任中として空席だった。
代々、特別隊とは家が隊長を務めることになっている。
つまり、世継ぎがいなければ特別隊はなくなるし、
ずっと生きていれば、隊長でい続けることになる。
今回の場合、私がまだ未熟なまま、母が亡くなったので、隊長の座が空席となっていた。
私のじじ様である、劉厳様はご健在だが、引退しているので、隊長にはなれない。

隊長になるため、私は必死で鍛錬した。
それがの運命だから。
卍解を取得して、使いこなせるよう必死だった。


そして、霊術院を卒業して5年、私はようやく隊首試験を通過した。
新任の儀の前日、私はじじ様に呼ばれた。








「入れ」
「失礼します」
、ようやく特別隊隊長だな」
「恐れ入ります」
「四楓院家の令嬢とは仲良くやっておるか?」
「夜一ですか?まぁ…それなりに」
「四楓院家も数年前、隠密機動の総司令官に任命された。
 お互い、切磋琢磨し合い、己を高めなさい」
「はい」







そこで話が途切れると、じじ様は何やらごそごそと棚から取り出した。
木箱には家の家紋が記されていた。
そっと木箱が開けられると中には、綺麗な細工が施された腕輪が入っていた。








「代々、家の当主が持つものだ」
「へぇ…え?」
、お前は隊長に就任すると同時に家第20代目当主に就任する」
「…」
「美鈴が亡き後、お前は涙も見せずに必死に鍛錬した。
 それは儂も知っておる。
 その力はとうの昔に美鈴を超えておることも。
 お前は家の当主となる。
 すぐに世継ぎを産めとも言わぬ。
 お前はお前らしく、生きればよい。
 それが美鈴の願いじゃった」
「じじ様…」
「何事にもとらわれず、己らしく、高潔で優美であれ」








じじ様の顔は優しさで溢れていた。
そんな顔を見たのは初めてだった。


それから私は特別隊隊長として仕事を行った。
虚退治に行くこともあれば、罪人を裁した。
忙しい毎日を過ごしながらも片時も平子真子のことを忘れはしなかった。
彼の噂を聞いていた。
五番隊に金髪で関西弁を話す死神がいると。
すぐに真子だということは分かった。
でも、会いに行くことはなかったし、向こうも何も言ってこなかった。









遊びに来てやったぞ」
「夜一。何用か?」
「じゃから用はない。遊びに来た。茶菓子はあるかの?」
「はぁ〜。疾風(はやて)」
「はい」
「このずうずうしい奴に茶と菓子を」
「只今お持ちいたします」








すっと執務室を出て行った長身の男。
夜一は彼の後ろ姿を見送った後、ソファに転がりこんだ。








「あやつがおぬしの副官か?」
「あぁ。桐生疾風だ。昔、少し悪さをしたらしい。だが、腕は確かだ。」
へぇ〜
「ところで、驚いたぞ?おぬしまで隊長になるとは」
「まぁな。この方が儂の仕事がやりやすい」
「そうなのか」
「そういえば…また噂が流れておるぞ?特別隊隊長は近寄りがたい、とな」








笑いながら言う夜一を見て私はムスッとした。

今、一番気にしてることを言い当てられた。

私は湯呑を一気に煽った。
少し咽たところを見て、夜一が目を見開いてこちらを見た。







「なんじゃ、図星か?」
「別に。私は普通に接してるだけだ。」
「でも一時期、それが丸くなった事があったじゃろ?確か、10年くらい前…か?」
「…」
「そうそう。関西弁の男の話をしとったときじゃ」
「…忘れた」
「へ?」
「そんな男、忘れた」
…好いておったのか?その男を
べ、別に!そんなことはない!」








ガタッと椅子を後ろに倒してまで立ち上がった私を見て、夜一はニヤついた。
我に返った私は、素早く椅子を戻し、同じように座った。
咳払いをすると、どこかに控えているであろう疾風の名を叫び、

「疾風!茶がなくなった!」

新たな茶を注がせた。
それを見ながら私は考えた。
あの時の私は、多分、きっと、普通の女だった。








奴はもう私を忘れてるよ








少しの沈黙のあと、私は口を開いた。
夜一は机に乗っていた茶菓子を食べながら私を見た。








「そうか?」
「もう10年も前の話だ。」
「10年など、儂らにとっては短い期間じゃぞ?」
「だが、気持ちにとっては長い期間だ」
「…そうじゃな」
「私にはそんな気持ち必要ない。ただ、の血筋としてこの生を全うする」
は真面目じゃのー」
「煩いな。夜一はどうなんだ?喜助とは」
「はぁ?あやつと儂なぞなんの関係もないぞ?」







夜一が二番隊の隊長になってから私の生活は少し変化した。
気楽に話せる相手が近くにできたことはとてもうれしかった。
他の隊長各と話すことは話すが、業務内容だけで、個人的には口を利かない。
おそらく、私に非があるのだ。
慣れた相手でなければ、口が利けないほどの人見知りだ。
これまで生きてきてやっと気づいたことだった。
霊術院に入学するまでは知り合いとしか会わなかったから分からなかった。
霊術院時代はほとんどが私を無視した。
護廷隊に入隊してから、知らない死神とも話さねばらない状況に陥ってやっと気づいたのだ。









たかが口約束…だからな








私は独り言を言うと、自嘲気味に笑った。








2016/09/25