どれだけ経っただろうか、夕日がもう沈みかけていた。
アラベスク-8-
外が何やら騒がしい。
ルシタニア軍がエクバターナの周囲を囲んでいるらしかった。
何が起こっているのか、城壁まですぐに向える抜け道を知っていた私は、
キシュワードに与えられた弓具を持ち、走ってその場へと向かった。
城壁の外には大量のルシタニア兵と、捕虜となり血にまみれたシャプールの姿があった。
『エクバターナの人々よ!!』
「シャプール様…!?」
『俺のことを思ってくれるなら俺を矢で射殺してくれ!!
どうせ俺は助からぬ!!』
「え、シャプール様!?」
どういうこと!?
私は、近くにいるパルス兵の制止も振り切り、城壁から身を乗り出した。
「シャプール様っ!!!!」
「!」
「シャプール様!!!今、助けに参りますから!!!」
「…嬢…もう俺は助からぬ…!だから…!!」
次の一声で、私は息をすることを忘れてしまった。
『ルシタニアの蛮人になぶり殺されるより!!
味方の矢で死にたい!!』
私は、大声で叫んだ。
「死ぬなど…!なりません…!すぐにお助けいたします…!!
早く、兵はまだなの!?」
「様…!城壁を守る兵力しか残っておりません故…」
「…っ!」
すると、城壁の兵たちが次々にシャプールに向かって矢を放ち始めた。
万騎長シャプールの勇敢な願いを、パルス兵として叶えようとしているようだった。
だが、城壁を守る力しかない兵に、シャプールまで届く矢を打てるわけがなかった。
少しも届かぬそれに、私は自らの矢を持って、シャプールに狙いを定めた。
恐らく私なら一発で彼の額を射抜けるだろう。
だが、涙が邪魔をして視界が歪み、一行に狙いが定まらない。
その瞬間、シャプールの眉間に一本の矢が刺さった。
それはもちろん、城壁の上から射られたものだ。
私は嗚咽が漏れぬよう手で口を覆ったが、目から溢れる涙を止める術を知らなかった。
絶命するシャプールを目の当たりにし、私はその場に崩れ落ちた。
兵士たちに身体を支えられ、無理矢理にも立ったが、歩くことはままならない。
涙で霞む先に、長身の楽師を見た。
シャプールを射殺した男だった。
※ ※ ※
エクバターナ周囲にルシタニア軍が常駐して10日目。
陣頭にパルス軍の頭が並べられた。
その中に、の義父・ヴァフリーズのものもあった。
「お父様…」
私はもう泣く力さえ残っていなかった。
この10日間、ほとんど物も喉を通らず、寝ることさえできていない。
叔父ヴァフリーズの死が知らされた今、脱力し、椅子から崩れ落ちないように保つのが精いっぱいだった。
「様…」
「…はい」
「王妃様がお呼びでございます」
「…」
王妃の間で、私は頭を垂れていた。
「顔をお上げなさい」
「はい…」
「まぁ、そんなにやつれて…食事はしているのですか?」
「…水以外、喉を通りませぬ故…しかし、王妃様のご心配には及びませぬ」
「大将軍ヴァフリーズの事は本当に残念でした」
「…良い…父でした…!」
口に手を当て、嗚咽が漏れるのを防ぐ。
しばらくして、王妃がまた口を開いた。
「今の貴女に朗報となるかはわかりませんが…ダリューン卿は生きているそうです」
「…え…」
「我がアルスラーンと共に行動をしているとか」
「ほ、本当ですが…王妃様…!」
「嘘を吐く理由などありません」
「…良かった…本当に…良かった…っ!!」
私は王妃様の前であることを忘れ、ただ泣き続けた。
久々の涙だった。
身体が震えるのを止めるため、自分で自分を抱きしめながら。
その夜、私は叔父の形見を選り分けていた。
エクバターナの終焉は近い、そう感じていたからだ。
すると、夜遅くに扉が叩かれた。
雇っていた奴隷が、扉を開けると、すぐさま床にひれ伏してた。
「どうかしましたか?…なっ!?王妃さ…」
「静かに。私がここにいると知られてはなりません」
私は王妃様を椅子に座らせ、床に膝を付いた。
「…お逃げなさい、」
「へ?」
「エクバターナはもう長くはありません…
貴女は地下道と通ってエクバターナより脱出するのです」
「そ、それは王妃様が…」
「私は…残ります」
「しかし…!」
「王妃がいなければ、王都とは呼べませんからね。
出発は明日の深夜。それまでに準備をしなさい」
「…あの、王妃様、無礼を承知の上でお聞きします…
なぜそこまで私に…良くしてくれるのですか」
去ろうとするタハミーネを私は呼び止め、尋ねた。
彼女は立ち止まり、私をちらりと見てこう言った。
「…これは私の…贖罪なのです、」
2016/11/23