アラベスク-6-







    馬を走らせること少し。彼は森の中にいた。
    今日は非番で、森で一人で鍛錬をすると言っていたのだ。
    この3年で、私は大きく変わった。
    一つは馬に乗れるようになった。この愛馬・ファルナーズはそんな私をみてヴァフリーズ様が買ってくださったのだ。









    ダリューン!
    「ん?…どうしたそんなに急いで…」
    「あ、あの…戦が!!

    戦が始まるって…!









    私はダリューンの腕を取って言った。
    瞬時に戦士の顔になるダリューン。
    「帰るぞ」という一言だけで、私たちは馬にまたがり、エクバターナへと戻った。

    あれから、ダリューンがセリカから帰ってきてから3年。
    私たちが恋仲となってから4年が過ぎようとしていた。
    私はシャプール様の申し出を断り、ダリューンを信じることにした。
    それからというもの、特段セリカの話をするわけもなく、日々が過ぎていった。
    この3年でダリューンは多くの異名を持つようになった。
    「戦士の中の戦士(マルダーン・フ・マルダーン)」であったり、「黒衣の騎士」であったり…
    以前からの称号「獅子狩人(シールギール)」も健在。
    パルスで5本の指に数えられる程強い戦士となっていた。









    「はい」
    「お前は先に家に帰っていろ。恐らく万騎長の招集があるだろうから、今夜は遅くなる」
    「…はい。お気をつけて」






    王宮の馬小屋にシャブラングを繋ぎながら言うダリューン。
    私もファルナーズから降りてダリューンを見つめた。
    そんな視線に気づいたのか、彼は少し笑い、私の頭を撫でた。








    「まだ戦場に行くわけではない」
    「うん…」








    王宮内へと入っていくダリューンを見送り、再びファルナーズへと跨った。
    白馬のようで鬣が黄金に輝くファルナーズ。
    ヴァフリーズ様が私のようだ、と言って一目ぼれだったようだ。
    この3年、私は馬術と弓術を学んでいた。









    ※   ※   ※







    3年前…







    「おじさま!私も馬を習いたいです!
    はっ!?何を今更…」
    「だって馬に乗れたほうが便利でしょう?」
    「出かけるなら奴隷に馬を出してもらうかダリューンに…」
    「いいえ!自分で乗りたいの」
    「む…そうだな…別に他国に行くわけであるまい…近場なら…」






    その数日後…








    「キシュワード様!私に剣術を教えてくださらない?
    は!?何を…嬢…」
    「私も自分の身は自分で守れるくらいにならないと…」
    はっはっはっ!
    「な、何故笑うのですか!?
    嬢…そなたにはパルス最強の戦士であるダリューンが付いております。
     人を斬る剣術なぞ、必要ありますまい」
    でも…!
    「…何か訳でもおありか?」





    私はかいつまんで訳を話した。
    セリカのお姫様にダリューンを取られまいか大層心配なのだ、ということを…






    「む〜…私が見るからにはダリューンは嬢に心を奪われているようですが…」
    「人の心の奥なんて誰にも分らないわ…」
    「ふ〜。分かりました」
    「え!じゃあ…」
    剣術は教えません
    「え〜」
    「その代わり弓術をお教え致しましょう
    「弓…?」
    「剣術とは接近戦にて敵を斬り、返り血をも浴びましょう。
     貴女のような美しいお方に返り血など似合わない…弓ならば、その美しさも失わず身を守れます。
     すぐに嬢専用の弓具を準備させましょう。ダリューンも良き女性を手に入れたな」
    「あ、キシュワード様…」
    「ん?どうされました?」
    「あの、ダリューン様には内緒にしていてほしいのです」
    「…かしこまりました。これは私と貴女様だけの秘密と致しましょう」









    あれから3年。
    私は元々才能があったのか、すぐに馬も乗りこなせるようになり、弓も的のど真ん中を射れるようになったのだった。








    ※   ※   ※







    ファルナーズの毛並みを梳かし、私は居間にてダリューンの帰りを待った。
    夜も更けた頃、ダリューンが厳しい顔をして帰ってきた。









    ダリューン…!
    、まだ起きていたのか」
    「…はい…」
    「出陣は一週間後だそうだ」
    「そんな、急に…!?
    「殿下の初陣になるとのことで、叔父上も出陣なさる」
    「!」
    「この家にはお前だけになる。しっかり守ってくれるな」
    「…はい…」









    ダリューンの上着を預かりながら力ない返事をする。
    そんな私に気付いたのか、彼はふっと私を抱きしめてくれた。









    「心配することはない。戦場はアトロパテネだそうだ。
     地形は全て把握している。」
    「…うん…」
    「あぁ、そうだ…この会戦が終わったら…一緒になろう
    …え?
    「言おう言おうと思ってはいたんだが…中々言い出せなくてな」
    「ダリューン?」
    「…俺では、ダメか…?」
    「そ、そんな!!私はこの先死ぬまで貴方だけを想い続ける自信があります!!
    「ははっ!俺もだ」








    ダリューンは私に優しく口づけをしてくれた。
    しかし私の心には何か分からない渦が巻き起こっていた。






    2016/11/04