「よぉ、シャプール殿。どこの美女を連れているかと思えば…嬢じゃないか」
「クバード!」
「クバード様!」
アラベスク-5-
私はさっと頭を下げた。
シャプールはというと、犬猿の仲のクバードに会い、鋭い目つきが一層キレを増した。
「昼間から酒とは…陛下に知られたらどうなるのやら…!」
「ふん!陛下はとっくの前にご存じだろうよ。それで俺を万騎長にしたんだからな」
「パルスの未来が思いられるわ!」
「ちょ、ちょっとお二人とも…」
「ところで、嬢。さっきはシャプール殿と抱き合ってたじゃないか」
「へ!?///あ、あれは…!!」
「ダリューンと別れたのなら、俺にも役回りはあるのか?」
くいっと顎を持ち上げられる。
近くにクバードの顔が来て、顔を赤くする。
それにしてもこの人は…酒臭い。
シュパッとシャプールがクバードの腕をなぎ払った。
「失礼だろうが!」
「ふんっ!嬢、ダリューンに飽きたら俺のところに来い。女の悦びってのを教えてやる」
「なっ…なっ…!///」
私はプルプルと震えていた。それは怒りのせいなのか、恥ずかしさのせいなのか自分でもわからなかった。
はっはっはっと大口を開けて笑いながらその場を去るクバードの背中を見ながら私は「は〜〜」と長いため息を吐いた。
それを聞いたシャプールが口を開いた。
「同じ万騎長として謝罪する。申し訳ない」
「わわ!頭をお上げください、シャプール様!!」
「…それでだな…」
「はい?」
「俺もそろそろ身を固めようと思っておる」
「は…」
「その、ダリューンのセリカでの噂は知っておろう」
「!」
「機会さえあれば、セリカへ戻りたいという言葉を聞いた兵士がおるそうだ」
「…」
「嬢…おぬしさえ良ければだが…私との縁談の話考えてはくれまいか?」
「…あ、あのシャプール様…私…」
すると、カーンカーンと午後の開始を知らせる鐘が鳴った。
「は!すまん!休憩が終わってしまった…俺は仕事に戻らねば…」
「私も仕事がありますので…」
「また近いうちに食事でもしよう」
「はい…」
シャプールの背を見送ったあと、私はまた深いため息を吐いた。
昨夜で不安は払拭されたはずだったのに。
またセリカに戻りたいだなんて…
ダリューンの想いは時が解決してくれるだろうか…
そう思い、耐え忍ぶしか、今の私にはできなかった。
それと同時に、強い女にならなければ、そう思った。
※ ※ ※
パルス歴320年秋。
宮殿の中庭で、剣同士のぶつかる音が木霊していた。
22歳となった私は、何故か王妃様に呼び出されていた。
がちがちに緊張した私は、王妃様の前で顔を上げることができなかった。
「、顔をお上げなさない」
「はい……ぁ…」
そこにはと似た顔をした王妃が座っていた。
違うといえば、のほうがまだ愛らしさが残っており、愛嬌があった。
遠目では見たことがあった王妃がこれほどまでに近く拝見できるとは、とは驚いていた。
「歳はいくつになりましたか?」
「に、二十二であります、王妃様…」
「そう…3年ほど前からアルスラーンの教育をしていると聞きましたが…生まれは?」
「あ、はい…実は…私めには両親がおりませんで…生まれた頃より大将軍ヴァフリーズ様に育てられました。
3年前、殿下の教育係を仰せつかったときは…それはもうヴァフリーズ様に感謝の念でいっぱいです」
「…そうですか…」
「はい」
「貴女もそろそろ身を固めなければなりません」
「…はい?」
唐突な王妃タハミーネの発言にはもちろん、お付きの侍女たちも動揺を隠せなかった。
「22にもなって独身では、少し遅い気がします」
「いや、あの…そんな、王妃様のご心配には及びませ…」
「近く戦が始まります」
「…え?」
「この戦が終われば、万騎長ダリューンにも少しは暇を与えられましょう」
「あ、あの…え?」
「話は以上です」
私は兵士に両脇を抱えられ、王妃の間から締め出された。
ドンと背後で重い扉の閉まる音が木霊している。
未だに頭の中に「?」が何十と飛び回っていた。
しかし、ふと、あの言葉が全面に飛び出してきた。
「い、戦!?」
私はパタパタと廊下を駆けて彼の元へと向かった。
2016/11/04