夕刻時、が帰り支度をしているときだった。
びしょびしょに濡れたアルスラーンがダリューンに連れられて帰ってきた。
アラベスク-3-
「殿下!?どうなさいました!?」
「わ、…!」
「お召し物がこんなに濡れて…は!さてはダリューンに川にでも落とされましたか!?」
「おい、…!」
「いいや、ダリューンは水路に落ちた私を助けてくれたのだ」
「そういえば…先ほどまで城下が騒がしかったような…」
「私はもう大丈夫だ、もダリューンもありがとう。今日はゆっくり休んでくれ」
「「はい、おやすみなさいませ、殿下」」
殿下が城内へ入っていくのを見届けたあと、はぼそっと口を開いた。
「…お帰り…なさい…」
「あぁ…」
「…家、来る?」
「そうだな。叔父上にも挨拶せねば」
何故かぎこちない二人。
それもそのはずで、ダリューンはこの戦の前、1年程、東の果て、「絹の国(セリカ)」へ護衛として出ていた。
その間の噂話を風の便りで聞いたの機嫌が未だに治らないのだ。
もで、ダリューンのいない間にいろんな男に言い寄られ、その噂を耳にしたダリューンの怒りも買っているのだが。
二人は並んで家路に着いた。それまで一言二言しか交わしていない。
はランプに明かりを灯し、先に飲み物を出した。
ここはヴァフリーズ邸宅。まあ、ダリューンも叔父の家だから勝手は分かっている。
「何も用意できてないから…先に着替えでも…ん!?」
飲み物をテーブルにおいて顔を上げた瞬間、ダリューンの唇が私のそれと重なった。
腰を抱かれ、密着度が増す。
彼の胸を押しててもビクともしない。
角度を変えられ唇を味わうように舐められる。
深くなるわけでもなく、ただ軽く。じらされているのがもどかしくなり、私はいつの間にか自分から口を開けていた。
「…くくっ…」
「ダリュ…」
「ほしいのか?」
「え?」
「口、開いてるぞ」
「っ…!///」
「先に風呂に入って来い…それからだ」
最後に首筋を吸われ、ダリューンはそのまま寝室に消えた。
私は顔を真っ赤にして、頬を膨らませることしかできなかった。
※ ※ ※
寝室に二人の吐息が入り混じる。
大きな体なのに、私に触れる手はとても優しかった。
「ダリュ…ん…」
「…っ!」
「んっ…もっと…っ…」
「ははっ…今日はやけに積極的だな…」
「ぁ…だって…」
私はぎゅっと彼の首に抱き着いた。
だって…寂しかった…
そう素直に言いたいのに、何故かためらってしまう。
可愛げのない女だと、思われてもしょうがないのに…
「?」
「私…だって…」
「ん?」
ダリューンの金色の瞳が私を見つめる。
すると今まで胸のあたりに溜まっていたもやもやが栓の抜けた水瓶のように流れ出てきた。
「私だって…寂しかった…のに…ずっと待ってたのに…」
「…」
「皆言うんだもん…セリカのお姫様とダリューンがお似合いだって…
ダリューンはきっと帰って来ないだろうって…」
「だが、帰って来ただろう」
「すぐまた行っちゃったもん…」
「…俺は…」
ダリューンは私の頬に流れる涙をそっと拭った。
「俺は…どんなに美しい他国の姫に慕われようが…お前のように手のかかる女のほうが惹かれるんだ」
「手のかかるって…」
「セリカの姫君はな、なんでも自分でやってのけた。侍女に化けて剣を振るったりもしてた」
「…」
「お前はどうだ?すぐにスカートの裾を踏んずけてコケるし、馬もろくに操れん」
「〜っ!ダリュ…!」
「そんな女のほうが、俺は可愛いと思うがな」
「!」
そう言い切ると、ダリューンは私の首筋に舌を這わせた。
声が出ないように口をふさぐと、その手をダリューンに取られてしまった。
「何故塞ぐ?」
「だ、って…!」
「そんなところが…惹かれると言っただろう?」
「ぁっ…!」
その夜は、私にとってもダリューンにとっても熱い夜となった。
2016/09/24