ギーヴは私にジリジリと迫って来た。
    ギーヴと壁に挟まれた私は、キッと彼の眼を睨んだ。








    アラベスク-10-









    「なんと…そのような眼も出来るのですね」
    「…もう、守られてばかりの女ではありません…!
    「ははっ!分かりましたよ、嬢。
     貴女のその麗しきお姿とその眼差しに免じて、その願い、このギーヴが承りましょう」
    「あ、ありがとう…!」
    「その代わり、貴女のその唇、いただきたい









    クイッと顎を掴まれ、ギーヴの綺麗な顔が近づいてきた。
    私は、そんなギーヴから眼を逸らした。
    そんな私を見て、ギーヴは私から離れ、ため息を吐いた。









    「なんだ…嬢は既に人のモノか
    「へ!?」
    「この俺の眼差しから逸らせる女なぞ、そうはいない」
    はぁ?
    「まぁ、でもまだ婚礼はしていないと見受ける。まだ俺にも…」
    「な、なにをブツブツと…!」
    嬢、馬はお持ちかな?」
    「近くの森で待たせてありますが…」
    「よし!それでは先に貴女をそこまで連れて参りましょう!
     その後、私めはちょーっと用がございますので、そこでお待ちくだされ。
     それから、王太子殿下を探す旅といたしましょう」








    ピカピカと顔が輝くこの男が、私は少し苦手だった。







    ※   ※   ※










    地下水路の先は、森の始まりへと続いていた。
    私がそこに着くと、どこからともなく白馬が寄って来た。









    ファルナーズ!
    「ほぅ…嬢の馬か」
    「はい。ファルナーズと申します。とても頭のいい子なのですよ」
    「それでは嬢、そのファルナーズと共にしばしお待ちいただけますかな?」
    「はい」








    遠く赤く光る王都エクバターナを見つめ、私は呟いた。








    『荒涼たるマザンダラーンの野に
     カイ・ホスローの王旗ひるがえれば
     邪悪なる蛇王の軍勢は逃げまどいぬ
     春雷におびえたる羊の群れのごとく
     
     鉄をも両断せる宝剣ルクナバードは
     太陽のかけらを鍛えるなり
     愛馬ラクシュナには見えざる翼あり
     世界の覇王にふさわしき名馬ならん
     天空に太陽はふたつなく
     地上に国王はただひとり
     たぐいなき勇者カイ・ホスロー
     剣もて彼の天命を継ぐ者は誰ぞ……』



    「かくして英雄王カイ・ホスロー
     黄金の玉座につきければ…」

    ギーヴ殿…!

    「列王は大地にひざつきて
     服従を誓約し、ここにパルス国の統一は なれり」







    最後の一節を歌い終わったギーヴは、
    赤く光るエクバターナを見つめ呟いた。






    「しまった…琵琶を置いてきてしまったな…
    「…」
    嬢も歌を歌われるのか?」
    「かじった程度ですけど」
    「貴女のカイ・ホスロー武勲詩鈔、中々のものでした。
     誰かに捧げられたのかな?」








    パカパカと馬を歩かせながら私に話しかけてくるギーヴ。
    口数の多い男だ、と思いつつも気を紛らわせるために付き合っていた。








    「…私がお慕いする方へ…捧げました」
    「…へぇ。俺も一目でいいからお目に掛かりたいねぇ
     嬢のような見目麗しい女性を射止めた男を」
    見られますよ
    「へ?」
    「アルスラーン殿下と共に行動しておりますから…」
    「名は…?」
    パルス国の戦士ダリューンでございます
    「…真か…?」
    「私は嘘はつきません」








    凛と背筋を伸ばし前を行くの背中を、ギーヴはぽかんと見つめた。
    あわよくば、自分にもチャンスがあるだろうと思っていたが、
    かの「戦士の中の戦士」である万騎長ダリューンに戦いを申し込むほど阿呆でもない。
    今回の仕事、ただこの美人を王太子殿下とやらの元へ送り届けるだけで、無駄足が決定したのだ。

    深いため息を吐いたが、同時に、手がお宝に触れた。

    まぁ、報酬はたんまりもらったから、よしとしよう、そうしよう。


    自己解決したのであった。







    ※   ※   ※







    その頃ダリューンたちは…







    「さて。そろそろ行きましょうか、殿下」
    「この作戦は成功するのだろうか」
    「まぁ、さしずめ、ダリューンに任せれば問題ありません」
    「む…!」
    「エクバターナには母上がいらっしゃるのだ…それにも…







    その名前を聞いてピクンと反応するダリューン。
    そんな友人の肩にナルサスは手を置いた。







    嬢は頭がいい。心配するな、ダリューン…」
    「…」
    「王都にはサーム殿が王妃の護衛であると聞いたが?」
    「あぁ…サーム殿は信頼できる…だが…!」







    ギュッと自分の拳を握りしめるダリューン。
    そんなダリューンをナルサスが見て、ため息を吐いた。







    「かの『戦士の中の戦士』も女のことになると、気が動転するというのか」
    「お前…!」
    「ダリューン、心配せずとも嬢は生きている」
    「…」
    「5歳にして私を出し抜く頭脳を持っておったのだぞ?
     そんな奴が死ぬわけがないだろう」
    「ふっ…そうだな」







    ダリューンは甲冑を被り、愛馬シャブラングにまたがった。










    2016/12/04